GROUP DISCUSSION2023.5.10

地域になじむ建築は、地元に根ざすからこそ作れる。ー(株)菅組・菅徹夫氏、松繁宏樹氏ー

GROUP DISCUSSION2023.5.10

地域になじむ建築は、地元に根ざすからこそ作れる。ー(株)菅組・菅徹夫氏、松繁宏樹氏ー

宮大工として出発し、170年にわたって建築業を営む(株)菅組。地域の歴史や自然を知り抜き、地域の風景として長く残る数々の建築を手がけてきました。ゼネコンとして鉄骨造・RC造の建築も行いますが、最もこだわりを持っているのは、その土地の恵みを受けた地元産の素材を活用した木造建築です。そんな菅組に、Uターンでやってきたのが松繁さん。「木造建築がやりたい。幅広い建築に携わりたい」と希望していた松繁さんは、菅組のことを知り「地元に60億円を売り上げ、しかも木造建築に造詣の深いゼネコンがあるとは!」と、とても驚いたそうです。そんな松繁さん、そして菅社長と、四国ならではの働く価値について意見を交わしました。

※インタビュアー:株式会社リージェント 加地盛泰

幅広い分野の建築に携われる、という面白さ


加地
まずは松繁さんのプロフィールを教えてください。
松繁
もともとは三豊市詫間町の出身です。進学で東京に出て、大学院を修了後、東京で設計事務所に就職しました。その事務所は大規模施設を得意とし10万平米を超える建築物も少なくありませんでした。
しかし私は、大規模施設が自分に合っていると思えなかったのです。そこで事務所を退職、イギリスに渡りました。実は英語は全く話せなかったのですが、言葉が通じないくらいの場所でゼロからチャレンジしてみたい、と思いまして。イギリスの大学院で学んだ後、設計事務所や彫刻家のもとで働くなどしていました。
帰国を考え始めた頃、東京大学の生産技術研究所が人材を募集していたので応募し、4年働きました。やがて結婚し、子供も生まれ、地元に腰を落ち着けようと香川に帰ってきたのです。


加地
菅組さんに興味を持ったのはなぜですか?
松繁
木造建築に魅力を感じていたからです。東大の研究所で勤務していた時、建材を運ぶ距離とCO2発生量の相関を研究する人がいました。つまり建材(木材)を遠くまで運ぶと、輸送によるCO2発生量が多くなるため環境負荷も大きいということです。
そんな話をする中、木造建築に強い菅組という会社が香川にあるのを知ったのです。地元の木材を使い、地元の技術・技能スタッフが建築を行なっている点に魅力を感じました。
加地
実際に入社してみて、どのように感じましたか。
松繁
構造に関わらず設計しますし、住宅から大規模施設まで幅広く取り組んでいます。以前はやりたいと思っても、住宅などの設計はできませんでした。しかし菅組ではテーブルや家具の設計までやり、自社の大工が組み立てたりもします。いろんな分野の設計をできるのが面白いです。
当社の設計は、住宅と非住宅で大まかに分けています。松繁さんが属すのは、非住宅の一般建築部門です。しかし部門で厳密に縛るわけではなく、時々住宅に携わることもある。だから松繁さんのような方は、楽しく取り組めると思います。
東京の設計事務所にいると、木造建築に携わる機会は非常に少ないと思います。頼まれて地方の住宅を設計することがあったとしても、その地域の風土や歴史を知るわけではないので、地域性まで反映した建築をつくるのは難しいでしょう。

設計、施工管理、職人が対等に議論を交わし、質を追求する


加地
菅組さんは地域の風景に溶け込む建築を心がけておられます。松繁さんが設計する際も、その点は意識されますか。
松繁
もちろんです。日差しや風の向き、建材の選定、瓦屋根の活かし方、建築の外観、ボリューム感の出し方…すべての面で「この地域にあるべき風景」を意識しています。
お客様からは、それほど細かな指示が出るわけでもありません。ほとんどは、こちらから提案を行います。その方が大変なんです。お客様の希望や望みまで想像しながら、それらを超えるものを形にしていかないといけませんから。お客様の言う通りに作っている方が、正直言うと楽です。しかしそれは、菅組の建築ではありません。
加地
入社してギャップはありませんでしたか。
松繁
設計事務所にいると、設計者は先生のように扱われます。それでつい、施工者や職人を部下のように感じることがありました。しかし菅組では全く違います。設計、施工、職人が対等で、議論しながら建築に取り組みます。その光景が新鮮でした。設計と施工がコミュニケーションを取りながらものづくりするのは、経験のないやり方でした。
加地
設計者が気づかなった部分に関して、現場から指摘を受けたりもするのですか。
松繁
一般に、設計者は意匠性や機能性を中心に考えます。一方、施工側は施工性の高さや、メンテのしやすさなどを気にします。だから意見が相違する場合もあります。その際に、対等に話し合おうという雰囲気になるのが、菅組の社風ではないでしょうか。私も現場から指摘を受け「施工面ではそういった点に配慮する必要があるのだな」と感じたことが、何度もあります。
当社規模のゼネコンで、14~15人の設計者が所属しているところはほとんどないと思います。香川県内で言うと、設計事務所でもそれほどの規模は珍しいのではないでしょうか。
ゼネコンでも、設計部門がきちんと機能している方がいいと思うんです。設計部門に力があると、施工側は設計の要望を実現しようとがんばる。施工をがんばることで、設計も気が抜けなくなる。良い相乗効果が生まれます。

地域の風景として、長く愛され続ける建築をつくる、という誇り


加地
東京と比べ、地元での仕事や生活はどうですか。
松繁
東京で働いていると、疲弊感を覚えます。忙し過ぎて家に帰れないこともあったし、安らぎを感じる風景も多くありません。20代なら刺激の多い環境もいいですが、家庭を持つと、しんどさの方が大きいです。
今は地元に帰ってきて、しっかり生活のリズムが作れています。遅くとも19:30には家に帰っているし、土日は完全に仕事を離れ、家族とゆっくり過ごしています。
加地
とは言え、納期が迫ると忙しくなったりするのではないですか。
松繁
それはあります。しかし自分で目標を定め、効率よく進めると、そこまで忙殺されることはないです。そういった、従業員それぞれの工夫を認めてくれるのも菅組の良いところです。
お客様と約束したスケジュールを守るのは大事です。そのためにも、最初の段取りを的確に組まなければなりません。お客様と会話する中で、いろんなことを想定し、お客様の思いを先んじて建築に取り入れるよう工夫すると、それほど難しい事態にはなりません。
無論、まだまだ会社として改善しないといけない点も多々あります。しかし、ワークライフバランスの大切さが徐々に浸透してきた、と感じます。
加地
「地方で、やりがいの持てる仕事なんて見つかるだろうか」と不安に思う人もいます。その点についてはどう思われますか。
松繁
やりがいとは結局、自分のモチベーション次第ではないでしょうか。大規模施設を手掛けたいと思う人は、東京の設計事務所でキャリアを積めばいいし、スーパーゼネコンを目指すのもいい。
しかし私は木造建築がやりたかったし、いろんな建築に携わりたいと思っていました。規模の大きな建築に関わりたいと思えば、菅組でも可能です。私の志向に合っているし、やりがいも感じます。
バリエーションが広いと、設計者としては難しくなるんです。現場が変わるたび、新たなチャレンジをしないといけませんから。でも、そこに面白さがあるとも思います。


私たちが大切にしているのは、地域に馴染み、何年も根付く風景となる建築をつくることです。同じ香川県内でも、高松に建てる場合と、西讃地方に建てる場合では、日差し、風の向き、海との付き合い方が全く異なります。
それらを理解して、木造建築に落とし込むのは、楽ではないでしょう。だからこそ、技術者として成長できる。それをやりがいと感じる人には、良い職場ではないでしょうか。
松繁
設計の幅を広げるため、木造建築についてもっと学ばないといけないな、とも感じています。菅組は古材と薪ストーブの店である古木里庫(こきりこ)を開設していますが、こういった古材も積極的に活用したいですね。
古木里庫は、古民家解体時に出る廃材を捨ててしまうのは惜しい…という思いで始めたものです。戦前の日本家屋は良い木材を使っていますし、調度の良い家具も多い。しかも年月を経ているため、新しい建材には決して出せない味がある。いい素材を廃棄せず、現代につないでリユースする。これも「木とともに」生きる当社のミッションです。
今は、木造建築の価値が見直されている時代です。強度的にも鉄骨造・RC造と遜色がなく、地域の風土に馴染みやすい木造建築は、住まいだけでなく、学校や病院など公共性の高い施設にも合っています。地域の風土、歴史、技術、あるいは古材の可能性など、あらゆる要素を採り入れながら、新たなチャレンジに踏み出す人材は、私たちも大歓迎です。
加地
菅組さんは、一棟貸しの讃岐緑想という宿泊施設も手掛けておられます。ゼネコンがこうしたことをやるのは珍しいと思いますが、どのような意図があったのでしょう。
地域になじむ風景をつくる、という自分たちの姿勢を体現したモデルハウスがあってもいいな、と感じたのが最初です。モデルハウスは一時的に見学するだけなので、せっかくなら一晩過ごし、父母ヶ浜の風景を堪能してもらった方がいいのではないか、と。そうするといろんなところからお客様が来てくれ、地域貢献度が高くなる。それで一棟貸しの宿泊施設にしました。
回転率も想定以上で、お客様の満足度も高いと実感しています。菅組の大切にする価値が、少しでも伝わっていたら嬉しいですね。

地方に腰を据えるからこそ輝ける。そんな仕事もある。


加地
今後の目標などについて、お考えはありますか。
松繁
今は目を養っておきたいと思います。菅組には、積み重ねてきた技術があり、建築があります。質の良いそれらの建築にできる限り触れて、目を肥やしておきたい。それが自分の引き出しを増やすことにつながると思います。
加地
私たちは地元にUターン・Iターンでやってきた多くの方々とお会いし、四国ならではの働く価値についてお聞きしています。松繁さんはその点について、どういったお考えをお持ちですか。
松繁
私が菅組のことを知った時、とても意外でした。三豊市仁尾町という、人口1万人に満たない町に、売上60億円のゼネコンがある。JRの駅もない街で、確かな伝統と技術をつないできた、質の高い木造建築をつくる会社がある。そこで設計を行なう人たちが大勢いる。その事実に、驚きを隠せませんでした。
「地方だから自分のやりたいことは実現できない」「地方にはやりがいがない」なんて考えは、先入観に過ぎないと感じます。菅組で言えば、むしろ地方にあるからこそ、地域の風景になじむ建築がつくれる。誇りの持てる仕事ができるのではないでしょうか。
「他エリアの仕事しないか」というお誘いを受けることは、何度もあります。「せめて本社を高松市に移してはどうか」とも。ありがたい話ではありますが、私たちは敢えて本社を仁尾町から移すこともせず、事業エリアを香川と愛媛県東予地区に絞る、という選択をしました。
このくらいのエリアなら、仁尾町にいても把握できます。地域に100年、200年と残る、長く使うほどに価値を増す建築を生み出すことで、お客様に笑顔を提供したい。郷土の自然と歴史、文化に溶け込んだ風景をつくることで、地域とともに歩んでいきたい。そんな思いを余すところなく発揮できます。
これ以上手を広げては、身の丈を超えてしまいます。その地域に根ざした伝統や個性を知らずして、どうやって地域性を尊重した建築が生まれるでしょうか。ここに腰を据えるからこそ、菅組は輝けるのです。


加地
仁尾町にあるからこそ、菅組は香川・東予地区の中で輝ける。誇りあるその言葉に、私たちも元気づけられる気がします。
本日はお忙しいところ、どうもありがとうございました。

菅 徹夫

(株)菅組 代表取締役社長

1961年、香川県三豊市仁尾町生まれ。神戸大学工学部建築学科卒業、同大学院・西洋建築史専攻修了。大学院修了後、5年間、東京の中堅ゼネコン設計部で勤務した後、1990年に香川県にUターンし、菅組に入社。2008年、代表取締役社長に就任。仕事の傍ら「ベーハ小屋研究会」を立ち上げるなど、地域資源の発掘などの活動も行う。一級建築士、ビオトープ管理士。

松繁 宏樹

(株)菅組 設計部 係長(一級建築士)

1982年、香川県三豊市詫間町生まれ。明治大学大学院修士課程を修了後、東京の設計事務所に新卒入社。しかし自分の志向に合う設計がしたいと退職し、イギリスに留学し、現地の設計事務所に就職。帰国後、東京大学生産技術研究所にて研究員として4年勤務したが、結婚し子供が産まれたことで地元へのUターンを考えるようになり、2016年、菅組に転職。設計士として数々の建築に携わる。

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