香川2025.6.25

決して目立つものではなくても、必ず役立つものを。ー大倉工業(株)・福田英司氏ー

香川2025.6.25

決して目立つものではなくても、必ず役立つものを。ー大倉工業(株)・福田英司氏ー

地元の丸亀に根ざし、「合成樹脂」「新規材料」「建材」という3つの主要事業を展開する大倉工業。主力製品である各種フィルム製品は食品、自動車、情報電子、医療、農業、生活用品と様々な産業分野で活用されており、高い市場シェアを誇る製品も少なくありません。現在、同社は経営ビジョン「Next10(2030)」を進行中。既存分野の拡大はもちろん、新たな柱の確立、海外展開、環境対応など多彩な観点から事業を進化させようとしています。そんな同社を牽引するのが2025年1月に代表取締役社長に就任された福田氏です。55歳で上場企業の舵取りを担うことになった福田氏に、事業の未来像と四国への想いをお聞きしました。

会社に多くのチャンスを提供してもらった


溝渕
最初に福田社長のプロフィールをお聞かせください。
福田
生まれも育ちも香川で、大学進学も香川でした。就職でもぜひ地元の会社にしたいと考え、選択したのが大倉工業です。私は父を早くに亡くし、母にだいぶ苦労をかけてしまいました。せめて社会人になったら、地元の会社に就職し、母の面倒をしっかり見たい、苦労かけた分の恩返しがしたい、と思ったのです。入社後、配属先として経理を希望したのも、そのためです。大学で管理会計のゼミに所属していたこともありますが、経理だったら転勤もなく、母親のそばにいられますから。


溝渕
経理では主にどのような業務を経験されたのですか?
福田
しばらくは、経理の基礎を学びました。一通りの知識が身についた頃、中期経営計画書の作成を担当することになりました。今では3年毎に中計を作成するのが当たり前ですが、当時の大倉工業にはまだ中計というものが定着していませんでした。そこで社長から「コンサルタントをつけるので、中心になってやってほしい」と指示を受けたのです。経理で11年間働きましたが、キャリアの後半はほぼ中計策定に費やした感じです。
溝渕
管理部門に長くおられたのですね。
福田
しかし、そこからは外でキャリアを積むことになります。ずっと内部だったので、外に出たくなったのかもしれません。35歳の頃に携わったのが、子会社の設立です。全国に展開する大倉工業の工場を分社しようという方針が出され、第一号に九州オークラが選ばれました。そこで私が準備室に配属となり、立ち上げ業務を行ったのです。大倉工業には「合成樹脂」「新規材料」「建材」という3つの事業の柱がありますが、九州オークラで製造していたのは合成樹脂事業分野の製品です。私は九州オークラに行って初めて、プラスチックフィルムの製造現場を体験しました。
各工場の人事や総務、経理などはそれまで本社で管理していましたが、今後は子会社が独自で管理できるようにしないといけません。2~3年かけて、仕組みをつくっていきました。ようやくメドがついた頃、今度は「九州オークラの社長に就任してほしい」と社長に言われたんです。子会社とは言え、37歳での社長就任は、大倉工業グループでは異例だったと思います。
加地
大きなプレッシャーだったのではないですか?
福田
もちろんプレッシャーはありましたが、何とか乗り越えることができました。恐らく当時の社長は、私の能力を試していたのではないかと思います。37歳で経営を担う、というチャンスをもらったことが、大きな成長につながったと実感しています。だから今度は、私が若い人々にどんどんチャンスを提供する番です。若手をプロジェクトリーダーに抜擢したり、戦略的組織のリーダーを任せたり、といったことを積極的に行っているのは、そうした思いがあるからです。40歳前後で部長職相当の業務を体験するわけですから、判断力や決断力を鍛える良い機会になると考えています。
九州オークラで3年社長を経験した後、関西オークラ(現在のKSオークラ)に異動して社長を5年半。結局、11年を他県で過ごしました。その後、大倉工業の合成樹脂事業部に異動。2024年の取締役専務執行役員合成樹脂事業部長を経て、2025年、55歳で代表取締役社長執行役員に就任しました。55歳での社長就任は、当社の歴史の中でかなり若い方です。私のような若輩者が選ばれたのは、時代に合った新たな価値を創出していくんだ、という大倉工業の決意の表れだと認識しています。

材料設計技術と加工技術で、付加価値を創出する


加地
大倉工業は現在、2021年に策定して2030年を最終年度とする中期経営計画を遂行中とお聞きしています。福田社長はどんな未来図を描かれていますか?


福田
当社の経営ビジョン「Next10(2030)」で定めた2030年の「ありたい姿」は、「要素技術を通じて、新たな価値を創造し、お客様から選ばれるソリューションパートナー」というものです。私たちには、人の暮らしをもっと快適にして、進化した社会をつくっていきたいという夢があります。この夢を形にする、確かな技術の蓄積もあります。決して目立たないが、人と暮らしを支える。そんな技術を届けていきたいという思いを、中期経営計画(2027)のスローガン「絆を育み、輝く未来を」に込めました。
Next10は現在、Stage3。基礎固めを終え、いよいよ事業を拡大・発展させる段階を迎えています。当社には3つの主要事業があります。
1つ目は「合成樹脂」事業です。シュリンクフィルム、ラミネートフィルムなど様々なプラスチックフィルムを製造しており、食品・日用品の生活関連から情報電子・エネルギー・住宅・医療・農業といった産業まで、幅広い分野に提供しています。
2つ目は「新規材料」事業です。ここでは、パソコンやスマホなど中小型ディスプレイや液晶テレビなどの大型ディスプレイに使われる光学フィルム、自動車用・医療用ウレタンエラストマーフィルム、EV向け接着剤などを製造しています。
3つ目は「建材」事業です。ここで製造するのは、パーティクルボードを始めとする住宅・家具用の木質資材です。
このそれぞれの領域で、“尖った”製品を提供していきたい、と考えています。
溝渕
“尖った”とは、具体的にどういった製品ですか?
福田
お客様にご満足いただけるのは当然として、「大倉工業だからこそ」と従業員が自慢できる、特徴的な製品ですね。
これまでも当社は“尖った”製品を生み出してきました。その代表が食品包装用シュリンクフィルムで、日本にあるカップ麺の約半数に当社のフィルムが使われています。乳飲料の充填用フィルムもその例の一つです。農業用フィルムなども“尖った”製品ですね。土壌保温用フィルムや地温上昇抑制フィルム、防虫・抗菌フィルムなど種類も豊富で、全国シェアトップのものも少なくありません。
EV向け接着剤もユニークな製品です。将来性の大きいEV市場には多くの接着剤メーカーが参入を狙っていますが、そんな中で当社の接着剤が選ばれているのは、硬化スピードが早いからです。接着してすぐ固まるため、生産性が向上するのです。ゴルフクラブにもこの接着剤が役立っており、全ゴルフクラブの2割程度に採用されています。
大型ディスプレイの光学フィルムも飛躍を遂げています。世界のテレビ市場では65インチクラスの大画面が主流となっています。また、オンライン会議や屋外のデジタルサイネージとしても大型ディスプレイは活躍しており、中国などを中心に今後も高い成長が期待できます。
建材では、建築廃材を原料に再利用したパーティクルボードがあります。実を言うと、不純物のないバージンチップから作る方が歩留まりは良いのです。廃材からつくる場合、異物を除去する手間が発生するため、生産性はどうしても落ちてしまいます。しかし廃材を利用することは、資源リサイクルの実践につながります。ちなみに建材事業には、今後3年で43億円と、主要3事業で最も大きな投資を行う予定です。これを使って、地元香川県産の材はもちろんのこと、四国全体の地域材を活用した循環型の環境ビジネスを構築したいと考えています。
加地
少しお聞きしただけでも様々な製品を展開されていることがわかりますが、このような多彩な開発を可能にしている源泉は何でしょうか。
福田
大倉工業のコアコンピタンスは、材料設計技術と加工技術です。どの事業も、この2つの上に成り立っています。
例えばフィルムは、一つの製品を完成させたらそこで終了、ではありません。次はもっと薄くできないか、もっと厚くできないか、光沢を持たせてほしい、滑り性を良くしたい、ガスバリア性を付与したい、などといった新たなニーズが際限なく発生します。こうした声に応えるため、材料設計技術と加工技術が必要になるのです。
当社には、材料設計技術と加工技術に関する無数のノウハウ、レシピが塊のように蓄積されています。それらを応用することで、今までにない機能が発現していきます。パズルのピースを一つずつ組み合わせるようなもので、ゼロだった領域から急に100が生まれる、ということは決してない奥の深い世界なのです。材料設計技術と加工技術により、従来の製品に新たな価値が付加される。それにより、取り込めていなかった需要の獲得に成功し、取引が拡大する…というケースも多々あります。
溝渕
今後はどういった分野に注力したいとお考えですか?


福田
主要3事業の拡大に加え、第4の事業を作り出したいですね。期待しているのは、情報電子、環境・エネルギー、ライフ&ヘルスケア、モビリティーといった分野です。
従来のシリコン系太陽電池に比べ薄く、軽く、低コストでの生産が期待できる「ペロブスカイト太陽電池の材料開発」、5G、6Gといった大容量データ伝送に耐え得る、伝送損失の少ない「LCP(液晶ポリマー)フィルム」、の開発も進めています。あるいはモビリティー関連で車内温度の抑制に使う「遠赤外線反射フィルム」など…他にも可能性を秘めたシーズが当社にはたくさんあります。
また海外売上比率も高めていきます。2024年度の目標は15%だったのですが、決算を迎えてみると17%と上振れしており、2030年に30%達成への手応えを感じているところです。
加地
どんな可能性が芽吹いていくか、楽しみが多いですね。
福田
もう一つ、環境対応があります。
私たちが材料としているのはポリオレフィンで、塩化ビニルのように環境にダメージを与えるものではありません。とは言え、今はプラスチックそのものを見直そうという機運が高まっています。その点を考慮し、ポリ減容化に取り組まなければなりません。また、ポリ減容化と並行し、植物由来原料や生分解性をカギとする、環境にやさしい製品の上市が必要となります。特に生分解性製品の開発には、これまでと全く違う、生物学的アプローチが求められるので容易ではありませんが、着実に進めていくつもりです。

若い世代に丸亀の良さを知ってもらうため、様々な活動を展開


溝渕
大倉工業にはどんな人材が必要、とお考えですか。
福田
何か一つ“尖った部分”を持つ人にお会いしたいですね。オールマイティーでなくていい、一つだけでいいから、ここは自分の強みだと胸を張って言えるところがある。そういう人材が大倉工業にはもっと必要です。多様な人材の「ここは誰にも負けない」という経験や知恵を結集すれば、特徴的な事業を生み出すエネルギーになるのではないでしょうか。
私は子どもの頃から将棋をやっているのですが、将棋の駒はそれぞれ役割が違いますよね。飛車や角行は派手で目立つけど、盤上に飛車ばかりだったらいい勝負はできません。金や銀、桂馬、香車といった個性の異なる駒があるから、多様な局面に対応できるのです。
会社も同じです。不確実な情勢を乗り越え、ビジネスを発展させるには、様々なオリジナリティーを持った人材が欠かせません。
溝渕
大倉工業は地元に根付いた活動も熱心に行われていますね。
福田
大倉工業が現社名へ変更し、丸亀の地でポリエチレンフィルム製造を開始したのが1956年。以来、私たちは香川・丸亀に根ざし事業を展開してきました。事業所や子会社が全国に広がっても、R&Dなど“尖った”技術の発信拠点は、今も丸亀に置いています。確かな技術を基盤としたビジネスなら、ローカルからでも推進できる。キーパーツを香川から生み出すことが、地域活性化につながる。そんな想いが、創業の頃から脈々と受け継がれているのです。
丸亀をもっと盛り上げ、地元で暮らす子どもたちを応援しようと、当社は丸亀の企業とともに「丸亀にぎわいプロジェクト」を始動しました。この中で、地域の仕事を体験する「ワクワク体験Kids王国in丸亀」というイベントを毎年開催。また、2023年、地元高校生に丸亀市の活性化につながるアイデアを創出してもらうための「まるがめ地域活性化プランコンテスト」を開催。そこで最優秀賞に選ばれた、地域の様々な世代が交流する「丸亀大文化祭」というイベントも行いました。
瀬戸内地域は災害も少なく、自然にも恵まれ、のびのびと事業をやれる土地だと感じています。そんな丸亀の良さを地元の人々、特に子どもたちに知ってもらい、親しみを持ってもらいたいのです。多くの企業・人々が丸亀でがんばっていることを知ってくれれば、進学や就職で地元を離れることになった人々も、いつか戻ってきてくれるかもしれません。


加地
四国・香川に軸足を置き、事業を通じて地域に貢献する。「四国ならではの働く価値」を大切にしたい、という思いが大倉工業の根底に流れていることを実感しました。
本日はどうもありがとうございました。

福田 英司

大倉工業(株)代表取締役社長執行役員

香川県出身。香川大学を卒業後、1993年に大倉工業に入社。経理に配属され、通常の経理業務のほか、中期経営計画策定などを担当する。2004年、子会社となる(株)九州オークラの立ち上げに関わり、その後同社の社長に就任する。以降、(株)関西オークラ(現:(株)KSオークラ)社長、コーポレートセンター経理部長などを歴任。2024年3月から取締役専務執行役員合成樹脂事業部長を務める。2025年1月、55歳で代表取締役社長執行役員に就任。

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