香川2026.2.4

ワクチンという「未開の大地」にサイエンスの光を当てる時が来た。ワクチンの深淵に挑む面白さとは。ー(株)BIKEN・田中崇嗣氏ー

香川2026.2.4

ワクチンという「未開の大地」にサイエンスの光を当てる時が来た。ワクチンの深淵に挑む面白さとは。ー(株)BIKEN・田中崇嗣氏ー

香川県観音寺市に主要拠点を置く株式会社BIKEN。一般財団法人 阪大微生物病研究会(以下、阪大微研)グループの生産機能を担う同社は、ワクチンの安定供給と新規開発という極めて重要な社会的使命を背負っています。今回は、製薬会社での創薬研究や品質保証、さらには製造全体のマネジメントにおいて豊富な経験を持つ、同社代表取締役社長の田中崇嗣氏にインタビューを実施しました。「ワクチンは未開の大地」と語るその真意や、次世代への技術継承を見据えた「人材育成の連鎖」、そして共に未来を切り拓く「プロフェッショナル人材の採用に向けた想い」を伺いました。

創薬の「0から1」を知るからこそ、製造の「1から100」へ挑む。


四ノ宮
まずは、田中社長のこれまでのキャリアについてお伺いします。もともと、どのようなきっかけで薬学の道を志されたのでしょうか。
田中
高校時代、科学クラブに入っていたこともあり、ケミストリー(化学)が大好きだったのです。物質が反応して変化が起こる、その現象が不思議で仕方なかった。様々な分野に興味はありましたが、ケミストリーで世の中の役に立ちたいを考え、薬学の道を志しました。大学卒業後の1985年に田辺製薬(現:田辺ファーマ株式会社)に入社し、そこから約8年間、研究職として創薬に携わりました。


四ノ宮
創薬研究からスタートだったのですね。
田中
ええ。創薬というのは「0から1」を生み出す仕事であり、大げさに言えば「発明」の世界です。幸運なことに、私は糖尿病治療薬(SGLT2阻害薬)の発見の瞬間に立ち会うことができました。しかし、そこまでは本当に過酷な道のりで、何年も続けられる仕事ではないと感じるほどでした。
その時の言葉でよく覚えているが「コロンブスの卵」です。考え抜き、悩み抜いた末に、ふとした瞬間に意外な角度から解決の糸口が見つかる。まさに、セレンディピティ(偶然の産物)が何度も起きて薬は育っていくのです。それをキャリアのはじめに経験できたことは、とても重要なことでした。
四ノ宮
そのような貴重な経験があるにも関わらず、その後、生産の現場へとキャリアを転換されています。これは大きな決断だったのではないでしょうか。
田中
珍しいかもしれませんね。私なりの挫折もありましたが、一転して上流から下流の「ものづくり」の現場に、自分の身を置いて力を試してみたいという気持ちの変化がありました。
四ノ宮
どんな気持ちの変化だったのでしょう。
田中
その頃、日本の製薬業界は品質保証のレベルを一気に国際基準(FDAなど)まで引き上げなければ国際競争についていけない時代を迎えていました。まったく新しい製造の体制を規則と技術の両面から満たしていかなければならない。この流れに面白さを感じました。そして、国内のGMPの新たな幕開けに立ち合えたという意味では、この時に品質保証で学べたことが、私のキャリアを方向づけるきっかけになったともいえます。
佐々木
品質保証というと、現場に対して厳しいことを言わなければならない場面も多いのはでないでしょうか。
田中
法令違反を取り締まるだけのQAにならないように心がけてきました。ただ正論を振りかざして「ダメだ」と言うだけでは嫌われます(笑)。正しいことは言いつつも、どうやったら相手の立場に立てるかを考えることにエネルギーを尽くす。そういう地道さに向き合い続けることで、自ずと物事は解決に向かうのだと思います。
品質保証のことだけではありません。その後、製造の全体を管理する中でも大変なことは山のようにありましたが、信頼関係にエネルギーを注ぐしかありません。そして、創薬で学んだ、考え抜くことを諦めないこと。このすべてが、今の経営にもBIKENでの活動にも活きています。

「未開の大地」を開拓せよ。ワクチン製造の深淵なる面白さ。


四ノ宮
株式会社BIKEN設立の経緯について教えていただけますか。
田中
株式会社BIKENは、田辺三菱製薬とのジョイントベンチャーとして2017年に設立されました。田辺三菱製薬は350年程の歴史を持つ企業であり、彼らが培ってきた医薬品製造技術を学び取り入れることで、「生産事業の基盤強化」を図ることが最大の目的でした。伝統ある阪大微研の技術と、株式会社としてのガバナンスや製造ノウハウを融合させ、より強固な体制を築くための挑戦だったのです。
佐々木
設立から数年が経ち、改めて現在のミッションをどう捉えていますか。


田中
私たちのミッションは、ワクチンを通じて世界中の人々の健康に貢献することです。けれども、その中心にあるのはやはり日本の国民です。特に「幼児の定期接種」は、私たちが担う仕事の極めて重要な部分です。
かつて200万人いた新生児が、2025年で65万人へと減少し、市場自体は縮小しています。しかし、たとえ65万人になろうとも、その赤ちゃんたちの命を守らなければならないという使命に変わりはありません。この責任を全うするためにも、自分たちの事業基盤を盤石なものにしていかなければなりません。
四ノ宮
使命を果たし続けるために、自らを成長させなければならないのですね。
田中
そうです。これからは既存の定期接種だけでなく、新しい感染症に対するワクチンの開発や、海外市場への展開にも目を向けています。海外の厳しいレギュレーションにも耐えうる体制を作り、「いいものを、安く、安定的に」作る。そして、上流から流れてくる開発品を、しっかりと工業生産レベルに落とし込む。実はワクチン製造は要素が非常に多く、工業化するのは極めて難しいのですが、この技術力を高め、世界で戦える体制を築くことが、私たちの挑戦です。
四ノ宮
コロナ禍を経て人々のワクチンに対する価値観も変わってきましたね。
田中
これからのワクチンは幼児のためだけのものではなく、大人にとっても予防や重症化を防ぐという新たな役割を持つようになるでしょう。人生100年時代において、生涯を通じて予防接種を考える、ワクチンは人のライフサイクルの全てに寄り添う存在になっていくと思います。これこそ、私たちのミッションであり、可能性でもあります。
佐々木
製薬メーカーとワクチンメーカー、両方のご経験を持つ田中社長だからこそ感じるワクチンの面白さや難しさについてはいかがでしょうか。
田中
一言で言うと、ワクチン製造は皆さんが思う以上に難易度が高いということです。ワクチンはバイオ医薬品の一つのカテゴリですが、バイオ医薬品は複雑な構造や分子多様性から開発、製造、品質管理が非常に大変な分野です。その中でも更にワクチンは「未開の大地」なのです。難しいがゆえに、まだまだ開拓がされていない分野が存在しています。
四ノ宮
どのように難しいのでしょうか。
田中
従来の低分子医薬品とは異なり、ワクチンは生き物を扱うことに近いのです。原料の状態や製造環境など、無数の変動要因が品質に影響を与えます。実験室レベルでは成功しても、それを50リットル、500リットル、3,000リットルという巨大なタンクで安定的に製造する工業化のプロセスには、極めて高い技術とノウハウが求められます。
そこに91年の歴史の中で先輩方が積み上げてきた伝承や職人技が活きていますが、それだけでは見極めがつかない複雑さがまだまだ残されているのです。
四ノ宮
その複雑さこそが、ワクチンの面白さでしょうか。
田中
今、バイオ医薬の分野はどんどん進化しています。だからこそ、ワクチンにも同じようにサイエンスのメスを入れていけるのでは、と考えています。難しさの原因をもっと科学的に分析していくのです。なぜうまくいったのか、なぜダメだったのかをサイエンスの目で解明し、工業的に安定させる。それを生み出すプロセスは泥臭く地道ですが、非常に奥が深い。この深淵さが、私たちの仕事の面白さだと思うのです。
「世界の人々の健康を守る」というミッションの尊さはいうまでもありませんが、ワクチンの難しさやサイエンス的な可能性に惹かれる人がいてくれるとうれしいですね。

若手の熱量を束ね、「人材育成の連鎖」をつなぐリーダー層を求めている。


四ノ宮
BIKENの設立もあり、御社はここ数年で組織として大きな成長を遂げられています。さまざまな挑戦を前に、今どのような人材を求めているのでしょうか。


田中
おっしゃる通り、阪大微研の従業員数はここ十数年で約2.5倍にまで拡大しました。特に若手社員のエネルギーには素晴らしいものがありますが、急激な組織拡大に対し、彼らを導く中間層、つまり30代・40代の中核リーダーが不足しているのが実情で、 年齢に関係なく、経験を重ねたベテランを求めています。私の役割は、そうしたリーダー層と共に「人材育成の連鎖」を再構築していくことだと考えています。
四ノ宮
若手の熱量を受け止めるリーダーということでしょうか。
田中
その通りです。新卒採用も行っていますので、全国から意欲ある若い方が集まってくれています。しかし、若手の気持ちに火をつけただけでは、「で、私たちはどこに向かって燃えたらいいですか?」となってしまう。ワクチン製造の難しさに弱気になることもあるはずです。そこで、様々な経験を乗り越えてきた人が「こう乗り越えてきたから、一緒に頑張ろう」と肩を叩き、メンタル面だけでなく技術的にも引っ張ってほしいのです。
佐々木
その場合、ワクチンの専門知識は必要でしょうか。
田中
ワクチンの専門知識は必須ではありません。私もワクチンに関してはまだまだ門外漢の部類です(笑)。 もちろん、製薬メーカーで薬の開発や製造技術を経験されていればベストですが、それよりも「何かを見出すプロセス」を経験している人に来ていただきたい。壁に当たっても「こうすればできるんじゃないか」と、諦めずに考えられるマインドを持たれているかどうかを重視したいですね。
佐々木
何かを見出そうとした経験、それが人材育成の連鎖において重要なのですね。
田中
BIKENは製薬メーカーのようでありながら、薬学でも、科学でも、医学でもない。一概には言えないような、数少ない独自の産業分野を持っています。これが私たちの強みでもあります。そして91年、この特有の知見を引き継いできたのが「人」です。今の世代の人が次の世代にバトンを渡す、これを繰り返していける連鎖をきちんと作りたい。そういう組織にしたいと考えています。

瀬戸内の地で、世界を見据える仕事と暮らし。


四ノ宮
最後に、働く環境や待遇についてお聞かせください。田中社長ご自身は香川に縁ゆかりはありませんが、ここでの環境はどのように感じられていますか。
田中
非常に居心地が良いですね。毎日ここから見える瀬戸内海の夕焼けに見とれています。本当に風光明媚で、暮らしやすい場所です。当会の特徴として、従業員の約半数が女性で、産休・育休を経て管理職や執行役員として活躍している人もいます。性別に関わらず長く働ける土壌は整っています。


佐々木
働きやすさと、世界に通用する仕事のやりがい、その両方があるのですね。
田中
そうです。地方にいながら、世界の人々の健康に貢献する、これほど大きなミッションを持った仕事はなかなかありません。この変革期に、私たちと一緒に「ワクチンの未来」と「次世代の育成」に挑戦してくれる方を心からお待ちしています。
佐々木
香川という穏やかな環境にいながら、世界という広いフィールドで、人類の健康を守る挑戦がある。プロフェッショナルとしてこれ以上ない舞台が整っていると感じました。本日は貴重なお話をありがとうございました。

田中 崇嗣

(株)BIKEN 代表取締役社長

1956年、福岡県生まれ。広島大学大学院医学系研究科博士課程(分子薬学)を修了後、1985年に田辺製薬株式会社(現:田辺ファーマ株式会社)に入社。長年にわたり医薬品の研究開発や事業推進に携わり、生産サプライチェーンマネジメント改革を牽引。2019年、株式会社BIKENの取締役に就任し、製造現場のガバナンス強化を推進。2023年、代表取締役社長に就任。ワクチンの安定供給体制の確立と製造技術の高度化を指揮し、次世代を担う人材育成と未来への連鎖に心血を注いでいる。

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