香川2026.6.3

お客さまとも、社員とも、地域とも「距離」が近い。だから、手応えのある仕事ができる。ー日本興業(株)・山口氏ー

香川2026.6.3

お客さまとも、社員とも、地域とも「距離」が近い。だから、手応えのある仕事ができる。ー日本興業(株)・山口氏ー

2026年に創業70周年を迎える、コンクリート二次製品メーカーの日本興業(株)。東証スタンダード市場の上場企業として堅実な発展を遂げる同社で、社長として経営の舵取りを担うのが山口芳美氏です。総務・人事領域で長年キャリアを重ね、社員一人ひとりを深く理解してきた山口氏。強みである対話力と組織把握力を生かし、人的資本経営を軸に日本興業の変革を進めています。長く人事畑を担当してきた経験から全社員のことをよく知る山口氏は、今でも社員とのコミュニケーションを欠かしません。「人に関わってきたからこそ、人的資本経営を重視していきたい」と語る山口氏に、キャリアの築き方や四国ならではの働く価値についてお聞きしました。

総務・人事・秘書など幅広い業務を担当


徳永
山口社長のこれまでのプロフィールを教えてください。
山口
出身は愛媛県です。地元の松山商科大学(現・松山大学)を卒業した後、しばらく地方自治体で公務員として働きました。そこを辞め次の道を考えていた時期に、日本興業の創業者とお会いする機会がありました。そして『当社で力を発揮してみないか』とお声がけいただいたのです。当時は創業30周年に向けて、創業者から二代目社長へとバトンが渡される変革の時期でした。これも何かの巡り合わせかな、と転職を決め、1983年に日本興業に入社したのです。


徳永
公務員からのキャリアチェンジとなったわけですね。コンクリート二次製品メーカーの日本興業にはどのような印象をお持ちでしたか。
山口
当時は業界について詳しい知識があったわけではありませんが、創業者とお話しする中で、人を大切にする会社だと感じ、入社を決意しました。その予感は間違っていませんでした。入社後は先輩方から丁寧に仕事を教えてもらいました。私が「人が成長できる環境をつくること」を何よりも大切にしているのは、その原体験があるからです。
当時の日本興業はまだ組織が小さく、私は総務全般と社長の秘書的業務を任されました。取引先への手紙の代筆から経営会議の議事録作成、さらには社会保険の手続きや給与計算まで、仕事は多岐にわたりました。ちょうど創業30周年に向けたロゴマーク作成や企業理念策定といった一連のプロジェクトが動いており、それらにも携わりました。当時300人弱の社員を全国の事業所から香川に集めてホテルで祝った創立記念イベントは、とても印象に残っています。
徳永
本当にいろんな業務を担当されたのですね。
山口
振り返れば会社の成長に伴って、特命事項にもたくさん関わらせていただきました。賃金制度の整備や研修の強化といった方針が示されるたびに、具体策を練り、実行に移したのです。今のようにネットがない時代ですから、生産性本部の方などにお話を聞いたり、現場ニーズを汲み取ったり、良い講師がいると聞けば東京まで足を運んでお話を伺ったりと、まさにあちこち駆け回っていました。デザイン事務所などへ提案を行う女性の営業推進チームを立ち上げた際も、寄せ集めたチームの取りまとめ役を任されました。私自身は営業に出ないのですが、営業を担う女性メンバーを支えることに、無我夢中でした。
加地
未経験の業務も担当され、ご苦労も多かったのではないですか。
山口
もちろん、すべてが順調だったわけではありません。失敗して責任を感じることもありましたが、社長から頭ごなしに叱責されたりはしませんでした。だからこそ責任を持って、楽しく取り組めましたね。
総務や人事の枠を超えて、今の組織なら経営企画部や事業本部が担うような役割まで経験させてもらえたことで、社内外に豊かな人脈を築くことができました。自分一人でできることには限界がありますから、当時の社長からも「社外に相談相手やブレーンを見つけてきなさい」とよく言われていました。自ら動いて社内外に信頼できるパートナーを見つけられたことは、大きな財産になっています。
その後、上場を目指すことになり、組織の整備に一段と力を入れました。2004年にはJASDAQ上場(現:東証スタンダード市場)を果たしましたが、この節目を経営トップに近い立場で迎えられたことは、貴重な体験だったと思います。

オールマイティーな経営者である必要はない


徳永
次の社長へ…という打診があったのはいつ頃のことですか。
山口
2023年頃ですかね。当時の社長が会長に退き、次の経営者を探そうという話が出てきました。そこで私も社長に意中の人物を確認し、一緒に候補者をリストアップするなど、後継者探しを始めました。
ずっと秘書的な業務もこなしてきましたから、社長の大変さは痛いほど分かっていました。経営者というのは、やはり現場を熟知した生産系や営業系の出身者がトップに立ち、力強く引っ張っていくべき。そう思い込み、「社内のあの人なら適任だろうけれど、あと一歩現場で経験を積んでもらってからかな」などと、自分なりに後継者をイメージしていたのです。
なかなか候補を絞り切れていない状況でしたから、外部から招へいした方がいいのかもと考えました。そんな中、2024年のある日、社長から「話がある」と呼ばれ、「あなたにやってもらいたい」と告げられたのです。私は思わず驚きの声を上げてしまいました。
確かにかねてから社長の側で、ずっとその仕事を見てきました。営業・技術の第一線を歩んできたタイプではありませんが、管理部門で培った組織理解と人材把握には自信がありました。しかし、私が指名を受けるなど、想像もしていませんでしたから。
加地
まさに青天の霹靂ですね。
山口
さすがに即決できず、少し時間をください、とお願いしました。自宅に戻り、配偶者に相談すると、反対されるどころか意外にも「やってみたらいいじゃないか」と背中を押されたのです。「あなたの信頼する社長が熟考の末に出した結論だから、期待に応えるしかないだろう」という言葉に、迷っていた私の心は徐々に定まっていきました。
とは言え、自分の専門外の分野をどうカバーするか、は大きな課題です。考え抜いた末に辿り着いたのは、「経営者に求められるのは、すべてを一人で抱えることではなく、適材適所で力を引き出し、組織として成果を最大化することだ」という答えです。長年人事に携わってきた私には、社内のどこにキーパーソンがいるのか、社員がどのような思いで入社し、何をモチベーションに働いているのか、手に取るように分かります。社長に「現場が大事」と教え込まれ、研修や面談、懇親会などを通じて社員の本音を直接聞いてきた経験こそが、私の最大の強みだと気づいたのです。営業や技術はその道のプロである社員の力を借りればいい。私は社員の力を引き出し、まとめる役割に徹しようと決意しました。
一週間後、私はいくつかの条件を携えて社長室に向かいました。就任にあたっては、持続的な経営を実現するため、経営管理・財務・営業面を支える体制整備の必要性を提案し、その方向で体制強化を進めることになりました。
徳永
土木・建築の業界で女性が社長に就任するというのは、大変珍しいことだったのではないでしょうか。
山口
創業家のご親族が継がれる、といった例はあるかもしれませんが、上場企業でキャリアを積み重ねた末に女性がトップに就く例は、土木・建築業界ではまだ多くないと感じています。業界の集まりに顔を出しても、見渡せば女性は私一人ということがほとんどです。
しかしおかげで、「珍しい存在」として、多くの方から声をかけていただける面もあります。先日も業界のイベントに同行していた役員から「従来はお話しもできなかったような他社のトップの方々が、山口社長が一緒だと向こうから親しく話しかけてこられますね」と言われました。私の立場が対話のきっかけになる場面もありますが、その機会を通じて業界の皆さまと率直に意見交換できることをありがたく感じています。
加地
確かに、山口社長はとても熱心にお話しくださるし、こちらの声にも耳を傾けていただけるので、話していてとても楽しく感じます。他社のトップの方々も同じ印象を持たれたのではないでしょうか。
山口
もともと私は、人と接することが大好きなのです。社長という立場になったことで、以前なら決して耳に入らなかったような深い情報に触れたり、自分一人では訪れる機会のなかった場所へお招きいただいたりと、毎日が新しい発見の連続です。就任後のご挨拶回りでも、多くのお客さまが快く面会に応じてくださいました。中には、担当者から「あの社長にはなかなかアポが取れなかったのです」と驚くような方とのご縁も広がっています。こうした新たなご縁を広げていくことも、社長としての大切な役割の一つだと前向きに受け止めています。
加地
社長のご活躍を見て、意欲を刺激される女性の方もきっと多いでしょう。
山口
私自身は、女性ということを特に意識しているわけではありません。ただ、結果として私がこの席に座ったことで、社内の若い女性社員たちが「自分もこの会社で長くキャリアを築けるのだ」と希望を感じてくれるなら、嬉しいですね。
土木・建築業界は男性中心、というイメージがあるかもしれません。しかし、総務や人事といった管理部門だけでなく、営業や技術の現場においても、女性の感性や能力を活かせるフィールドはたくさんあります。性別に関係なく、誰もが自分らしく挑戦し、成長でき、評価される。そんな会社をつくっていきたい。私の経営の軸は、一貫して「人的資本経営」です。

コミュニケーションを大事にしてきたことが、自分の強み


加地
社長に就任されて、特に意識されているのはどんなことでしょう。


山口
私は、長く人事の仕事に携わってきました。採用から教育まで一貫して担当してきたので、社員のほとんどの顔と名前が一致します。それぞれの社員がどのようなキャリアを歩み、どんな強みや弱みを持っているのか。社員一人ひとりの歩んできた道のりや、仕事に向き合う姿勢をよく理解しています。「上場企業の社長が社員のお子さんの名前まで知っているなんて珍しい」と驚かれることもあります。
人事担当として一次面接から社員に向き合い、さまざまな思いをざっくばらんに聞いてきた。だから知っている。これは私の強みであり、財産です。何百人もの社員を見守ってきたおかげで、「この人はどんな環境で伸びるのか」「どんな言葉をかければ心に火がつくのか」が、感覚的に分かるようになりました。
ですので、社長になっても、社員とのコミュニケーションは大切にするようにしています。今でも社長室のドアは常にオープンで、対話を心がけるようにしています。現場に足を運ぶと、社員の皆さんが気さくに「お疲れさまです」と声をかけてくれますし、近寄ってきて「この間は賞与をありがとうございました」とか、「うちの子がもう小学生です」なんて挨拶してくれることもあります。
徳永
他の上場企業と比較しても、社長と現場スタッフとの距離がそれほど近いケースはあまりないのではないでしょうか。
山口
さすがに社長業に追われ、全社員と毎日言葉を交わす、というのは物理的に難しくなりました。その代わりではありませんが、社員の誕生日には必ず私からお祝いメールを送るようにしています。このメールを受け取ると、社員は必ず返信をくれるのです。私もそれにまた返事を書く。そのようなやり取りの中で社員一人ひとりとのコミュニケーションを担保しています。
加地
社長との直接のコミュニケーションに、成長意欲を刺激される社員は多いでしょう。
山口
振り返れば私自身も、歴代社長とのコミュニケーションの中で成長させてもらいました。「あれこれ悩む前に、社長から与えられた課題をまずやってみよう」と挑戦し続けたことが、今の自分を作っています。歴代前社長は私だけでなく、他の社員に対しても同じような温かい眼差しを持っていました。コミュニケーションを通じて社員の適性を見極め、高いレベルの課題を与える。挑戦を通じて社員が成長し、それが結果として会社の成長に繋がっていくのだと思います。
私が初めて新卒採用に関わったメンバーたちも、今では50歳前後になり、部長一歩手前の役職まで成長してくれました。数年もすれば、彼らが経営の軸となり、組織を動かすでしょう。そうした次代を担う人たちに、最高の形でバトンを繋ぐことが私の使命です。

誰もがイキイキと活躍できる会社に


加地
人的資本経営が経営の軸、というお話がありましたが、具体的にどういったことに取り組もうとお考えですか。
山口
会社の成長は、社員の成長があってこそ、です。どんなに優れた製品や戦略があっても、それを動かすのは結局「人」です。社員のやる気を引き出すため、教育制度や評価制度、資格奨励制度といった、社員が自らの成長を実感できる仕組みづくりに力を注いでいます。
例えば、資格奨励制度を大幅に拡充しました。以前は施工管理技士など7つの資格が対象でしたが、現在はこれを38資格にまで広げています。簿記やカラーコーディネーターなどの資格も評価し、難易度に合わせて手当の額も見直しました。
また定年を65歳へと引き上げました。一方、新入社員の研修期間を入社後3カ月間に設定し、あらゆる部署を経験させるなど、さまざまな点を整備しています。
徳永
女性の活躍、という面ではいかがですか。
山口
女性中心とした営業推進チームを立ち上げたという話をしましたが、それは今から20数年も前のこと。恐らく業界でも先駆けだったと思います。多様な視点や感性が、景観やデザイン提案の質を高めていると思います。
2023年には鹿児島県の葉月工業(株)という会社が当社の新たな仲間となったのですが、ここでも多くの女性技術者が難しい法面工事の現場代理人として生き生きと進めています。これまでの業界の常識では、重量物を扱うため体力的に男性でないと難しい、と考えられてきました。しかし、機械化を進めて身体的な負担を軽減すれば、女性も自信を持って働けますし、きめ細やかさが求められる品質管理などの業務では、むしろ女性の方が力を発揮しやすい面もあります。女性が輝けるフィールドはまだまだたくさんあるのです。
彼女たちの能力を発揮してもらうためにも、女性が快適に働ける環境の整備は急務です。現在、工場の環境改善を急ピッチで進めています。例えば、単なる食事の場だった食堂を、雑談やミーティング、さらにはお客さまもくつろげる心地よいコミュニケーションスペースへと改装しました。また、今後は女性トイレの全面リニューアルはもちろん、パウダールームや更衣室も設置していく予定です。こうした環境整備は、実際に働く人の目線に立つことで初めて見えてくる重要な課題だと考えています。しかし、働く女性にとっては、仕事へのモチベーションに直結する極めて重要な要素です。これらは、女性社長である私が率先して果たすべき役割だと思っています。

距離が近く、手触り感のある仕事ができる


徳永
社長交代に、中期経営計画の発表と、日本興業の歴史の中でも大きな変革期を迎えている今、どのような人材を求めているのでしょうか。
山口
まずは目の前の仕事に、一生懸命に取り組める人ですね。私自身、最初は総務の仕事しか知りませんでしたが、一つひとつ丁寧にこなす中で視野が広がり、いつの間にか会社全体を見渡せるようになりました。私の座右の銘は「今日一日」です。今の瞬間を精一杯がんばって、今日という一日を積み重ねる。失敗しても、反省を糧にする。それが成長につながるのです。新しく入社される方にも焦ることなく、目の前のことに全力を尽くしてほしいですね。
また社長としては、長期的視野に立ち、日本興業の将来をどう描くかというテーマについて議論できるパートナーがいてくれると助かる、という思いもあります。
社外の方との対話や、本、ネットから得た情報をもとに、自社の数字を当てはめてシミュレーションを行う。その結果を分析する。そうした作業を、指示を待たずとも自発的に動いてくれる人がいればありがたいですね。今いる社内のブレーンも懸命に支えてくれていますが、そこに日本興業の外で培った異なる視点や知識が加わることで、当社はさらに強くなれるはずです。
私自身、常に絶対の自信を持って進んでいるわけではありませんし、どちらの道へ進むべきか悩む夜もあります。そんな時に、第三者的な視点で壁打ちの相手になってくれる人がいれば、さらに自信をもって決断を下すことができるでしょう。
加地
四国にUIターンしたいと考えながら、なかなか実行できない転職志向者も大勢います。山口社長は、四国ならではの働く価値について、どのようにお考えでしょうか。
山口
私は愛媛の松山出身で、結婚、転職して香川にやってきました。最初は知り合いもほとんどいませんでしたが、香川は本当に暮らしやすい場所だと実感します。街はコンパクトで必要なものはすべて揃い、海も山もすぐそばにある。都会のような通勤ストレスもありません。仕事の面でも、香川にはグローバルに展開する上場企業が複数あり、地方だからチャンスが少ないなんてこともありません。むしろ、一人ひとりの裁量が大きく、若いうちから幅広い経験を積めるのが魅力ではないでしょうか。
そして何と言っても、「距離の近さ」が大都市圏にはない価値だと思います。お客さまとの距離、社員同士の距離、そして経営者との距離。いずれにも、都会の大企業のような重層的な壁はありません。そして、自分の仕事が目に見える形で地域に残る「手触り感」もあります。四国での仕事には、自分の仕事が地域や社会にどう役立っているかを実感しやすい、という魅力があると思います。


加地
山口社長のご活躍と人を大事にする視点には、多くの人々、特に女性が元気づけられるのではないかと思います。本日はお忙しいところ、ありがとうございました。

山口 芳美

日本興業(株) 代表取締役社長

1980年 松山商科大学(現:松山大学)を卒業。地方自治体の公務員を勤めた後、1983年 日本興業株式会社に中途入社し、総務全般を担当。その後は人事・労務領域でキャリアを重ねる。採用活動にも中心的に携わり、ほぼ全社員の顔と名前が一致するだけでなく、それぞれの社員が何にやりがいを感じ、どのような場面で力を発揮するのか、といった情報まで熟知。2012年 取締役執行役員、2020年 取締役常務執行役員を経て、2024年 代表取締役社長に就任。

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