香川2026.6.10

世界に注目される「機能エンジニアリング」を、香川から発信する。ー(株)フジコー・森氏、藤原氏、岩崎氏ー

香川2026.6.10

世界に注目される「機能エンジニアリング」を、香川から発信する。ー(株)フジコー・森氏、藤原氏、岩崎氏ー

衛生用品などのパッケージ印刷を行う「包装材事業」と、情報電子・医薬品・モビリティなどで用いられる各種機能性フィルムを提供する「機能材事業」を2本柱として事業を展開する(株)フジコー。同社の事業のコアとなっているのが「異なる素材を融合させて新たな価値を生む」独自の技術です。東証プライム上場企業の大倉工業グループの一員となり、確かなバックボーンと様々なシナジーを得て事業をさらに大きく発展させようとしている同社。そのフジコーにおいて経営の舵取りを行うのが、代表取締役社長の森氏、機能材事業部長・イノベーションセンター長の藤原氏、包装材事業部長の岩崎氏です。いずれも中途入社という皆さんに、フジコーでの仕事、四国で働く価値などについてお話をうかがいました。

中途入社でスタート。今は経営・事業推進を担う立場に。


(リージェント)
まずは皆さんのプロフィールをお聞かせください。最初に社長の森さん、お願いします。

(フジコー)
出身は香川で、地元の高校を卒業後、関西の大学に進学。そのまま関西で塗料メーカーに就職し、営業に従事しました。前職では、決まった既製品のラインナップの中からお客さまに選んでもらう、という営業のやり方で、価格をどれくらい下げられるか、といった話が商談の中心。お客さまと一緒に一つの製品を作り上げる、という感じではありませんでした。
最終的には台湾駐在もするなど、いろいろ経験させてもらいました。ですが、お客さまからダイレクトに感謝される達成感はあまりなく、自分のやりたい営業とは違うのではないか、と感じ始めました。もともと都会志向はなく、満員電車に揺られる通勤も好きではなかったので、どうせ環境を変えるなら地元に帰るのもいい、とUターン転職を決意。1998年、27歳で(株)フジコーに入社しました。

(リージェント)
どうしてフジコーを選ばれたのですか。

(フジコー)
前職では塗料を扱っており、フジコーはグラビア印刷の会社で、ペンキとインキなら親和性がありそう、くらいの感覚です。当時のフジコーは、包装材印刷をメインとする売上30億円くらいの会社でした。
包装材は、同じようなものを作っているように見えるかもしれませんが、実はお客さまによってまるで異なります。同じポリエチレンのパッケージではあっても、お客さまの工場のラインの適性に合わせて、「もっとコシを強くしてほしい」「もっと滑るようにしてほしい」など、細かな要望が出てきます。営業はそうしたお客さまの声を聞き、様々な提案をしなければなりません。
また、例えば同じパッケージ印刷でも、食品と衛生用品ではまるで違います。食品の包装フィルムは硬いので、赤・青・黄・黒の4つの版で色をズレなく重ねて表現する印刷が可能です。が、生理用ナプキンやトイレットペーパーなど衛生用品を包む柔らかいフィルムでは、そうはいきません。4つの版で色を表現できても、フィルムが伸び縮みした時に柄がずれ、思った色にならないのです。そこで、最初から色を調合して特別な色を作成し一つの版だけで表現する、調色の技術が不可欠になります。フジコーでは、4色プラスアルファの色彩を提案する必要があったわけです。それを面倒と感じる人もいるかもしれませんが、お客さまの方を向いていろいろ提案できる営業は楽しいな、と思いました。
加地
同じパッケージ印刷でも、柔らかい素材と硬い素材でそこまで違う、とは知りませんでした。

(フジコー)
なので、硬い素材を対象に印刷している会社が柔らかい素材の印刷の分野に参入しようとしても、うまくいきません。買ってきたインキを調色するノウハウがないからです。黄と赤を混ぜるとオレンジができる、というのは誰でも分かりますが、渋めの茶色と明るめの茶色を混ぜるとどんな色になるか…というのは、経験のある会社じゃなければ判断できません。フジコーは、その新規参入のしにくい分野で独自のノウハウを持つ、日本で希少な会社の一つなのです。

(リージェント)
27歳で入社し、どんなお客さまを担当されたのですか。

(フジコー)
いきなりナショナルブランドの大手企業を任されました。そこで開発に関わったのが、生理用ナプキンの剥離フィルムです。これは私一人で最初から最後までやったわけではなく、フジコーの営業や開発が以前から取り組んでいたものです。
この剥離フィルムは特殊な構造で、ポリエチレンフィルムの片側にシリコーンを塗っています。しかし、シリコーンはそのまま塗っても、フィルムに定着しません。しかし特別な下地処理をすることで、シリコーンの定着に成功しました。これは業界初の技術で、この分野では国内シェアトップです。
しばらくは包装材の営業に従事していましたが、20年くらい前、私が30代半ばになった頃、上司から「人口減社会に入り、既存事業はシュリンクする。次の成長のため、新規分野の開拓をお願いしたい」と指示を受けました。そこで商社を訪れ、こういう製品・技術を持っているのだが、応用できないか、など相談を重ねました。
そうするうちに、ポリエチレンにシリコーンを塗布する技術を工業用途で使ってみないか、という話をいただいたのです。早速作ってみると、結構いい値段で購入していただくことができました。工業用途の場合、スマートフォンや自動車など、単価の高い製品の部材として使用されるため、利益率も高くなります。この分野は可能性がある、もっと伸ばしていこうと考えました。そういうやり方で少しずつ形にしていったのが、機能材の分野です。
加地
今の事業の柱となっている機能材事業は、森社長が開拓されたものだったのですね。

(フジコー)
開拓は確かに私が進めましたが、何とか交渉の糸口をつかんだ、という程度で、その取引を拡大してくれたのは後に続く営業メンバーです。当時、新規部門に関わっていた営業は、私を含め3人くらいです。3人で同業他社の動向や市場の調査を行い、糸口がありそうなところに営業をかけるなど、日本中を回りました。
新規分野の開拓を担当するようになり、営業をやりつつ開発にも深く携わるようになりました。そうでないと、お客さまの要望に応えるのが難しかったのです。それならば一度開発も経験した方がいい、と上司に言われ、開発部長、その後品質保証の部長も経験しました。
様々な役職を経験する中で、事業推進にはやはり品質が大事で、品質を守るには何と言っても「人」だな、と実感しました。人材の質が上がらないと品質は守れず、ビジネスが前進しません。そこで、自分から「総務人事の責任者をやらせてほしい」と手を挙げました。よい人材を採用し育てていかないと、会社がレベルアップしません。当時のフジコーには、まだ採用・教育の仕組みも体系的なプログラムもありませんでした。
そうした職務を経て、2026年1月、代表取締役社長に就任しました。営業、開発、品質保証、総務と様々な部門を担当したことは、社長業務に大いに役立っています。お客さまのニーズはどこにあるか、どれくらいのコストをかければソリューションが実現できるか、スピード感を持って判断し、指示が出せるようになりましたから。

(リージェント)
続いて、藤原様、岩崎様、お二人のプロフィールをお聞かせください。
藤原
大学は文系ですが、高校では理系でした。大卒後、衣料品の量販店に就職。販売を7年半やっていました。その後、メディカル系のコンサルに転職し、3年半、働きました。
フジコーに転職したのは2006年3月。35歳の時です。最初に配属されたのは製造部門でした。2年半は製造現場でしたが、そろそろ営業がしたい、と森に話すと、じゃあ営業をやってほしい、となりました。その頃、森は一人で新規分野を開拓していました。そこで私は森をサポートしようと、物を作る方をメインに担当したのです。今で言えば、開発営業になるかと思います。

(フジコー)
藤原には最初、お客さまの課題解決を手伝ってもらっていました。それが発展していって、だんだん開発のようになってきました。
藤原
新規開拓については、営業から開発、品質保証、調達まで全部、森や私など限られた人数でやらないといけませんでした。私は森が掴んできた課題を見て、製品を作るレシピを構築するミッション。最初は見様見真似ですが、何とかやり始めました。開発だけでなく品質保証までやらないといけなかったのですが、今振り返ると、全てが良い経験になっています。
そこから機能材のフィルムがどんどん増えていきました。取引が大きくなってきた頃に、開発の部署を立ち上げ、本格的に開発に関わることになったのです。5年ほど経って、開発部門の管理職に就任し、現在は機能材事業の責任者とイノベーションセンターのセンター長を兼務しています。
岩崎
私も森、藤原と同じく転職組です。フジコーには2006年6月に中途入社しました。
出身は香川で、大学は県外に出ましたが、就職で地元にUターンしました。前職は高松の会社で、公共工事終了後に必要となる完成図書を作るという業務に携わっていました。しかし、その会社の経営不振に伴い、35歳でフジコーに転職しました。
フジコーでもずっと営業を担当しました。森が新規開拓に入る前に担当していた、衛生用品や日用品などの大手顧客を引き継いだのです。大手なので取り扱う種類や量が多く、最初は1社だけを担当するので精一杯でした。慣れてきた頃に他のお客さまも担当するようになり、それから役職も少しずつ上っていきました。包装材に関しては、基本的な製品の仕様はお客さまの方で決まっています。だから、お客さまの製造ラインに適合するようにフィルムを調整するとか、歩留まりよく使えるように改良する、といったことを中心に営業活動していました。
2025年、包装材事業と機能材事業という具合に、製品カテゴリーによって事業部門を分けることが決まり、私はずっと担当していた包装材事業を預かることになったのです。

新たな経営理念「Fan Fit Fun」を策定。従業員と面談し、定着を図る。


(リージェント)
新たな経営理念として「Fan Fit Fun~のびのびと、ぴったりと、支えてくれる人々と~」を策定された、とうかがっています。その背景、意図などをお聞かせください。

(フジコー)
この「Fan Fit Fun」には「お客さま、協力会社様、従業員他ステークホルダーに寄り添い、苦しいこともワクワクな楽しみや期待に変えていく」というサブフレーズがセットになっています。私の思いはここに集約されています。
新しい体制になり、何を大事に、どういうふうにやっていくのか。そういった理念を作り、フジコーの指針を明示しないと、次の事業計画の立案もままならない、と感じたのです。何のために自分たちは働いているのか、どんな価値を提供しているのか、従業員にも対外的にもしっかり伝えていこう、と。
以前は「Fit your needs」というフレーズをよく使っていました。お客さまにしっかりくっついていって頑張ります、という感じですね。それはもちろん大事ですが、お客さまに近寄りすぎるのも違うように思います。お客さまの言うことだから、深夜残業や休日出勤を繰り返してでも納期は絶対守らないといけない、というのはいかがなものかと。そうやって成長してきた時代がフジコーにあったのは事実ですが、持続成長は難しいのではないかと思います。大事なのは、プロとしてあるべき提案を行い、お客さまの課題を解決することです。
その思いを形にしたのが、「Fan Fit Fun」です。フジコーには、ファンになってくれるたくさんの人がいる。それはお客さまだけでなく、仕入先・関係先もそうだし、何より従業員こそ欠かせない存在です。全てのステークホルダーに対して寄り添い、みんなで楽しく、笑って過ごそう。そんな思いを表現しました。
自分たちの利益ばかり主張するのではなく、いろんな人のことを考える。お客さまも取引先も従業員のことも大切にして、三方良しのビジネスをしていこう。そのように従業員たちに話しています。
藤原
私が森から「Fan Fit Fun」という理念を聞いた時の第一印象は、すごく森らしい、ということです。自分だけが得するのでなく、みんなが納得できる「三方良し」のビジネス、というのは、森が実践してきたことそのものです。
森は、外注先との関係づくりがとても上手です。こちらの都合を無理に押し付けないから、外注先が気持ちよく仕事してくれる。その姿勢は見習わないといけない、といつも感じていました。
岩崎
私は「Fan Fit Fun」という言葉を聞き、自分たちの仕事の意義がより明確になった、と感じました。包装材は、お客さまに寄り添わないといけない事業です。お客さまの仕様に合わせ、納期通りに製品を提供しないといけない。しかしそのために、従業員たちに過重な負荷をかけてしまうのは、言語道断です。お客さまだけでなく、社員にも満足してもらう。そのバランスをうまく表現してもらったと思います。

(フジコー)
三方良しでやっていかないと、今後の発展はありません。現場で働く従業員は、目の前のミッションをこなすことが手一杯で、「Fan Fit Fun」と急に目の前に出されてもピンと来ないかもしれません。そういう従業員にも理解してもらえるよう、定着を図っていかないといけません。
そこで藤原と岩崎に、2025年の年末から年明けにかけて、担当部門の従業員との面談を行ってもらいました。理念を定着させるには、まず一人ひとりと顔を突き合わせて話すのが一番です。面談を通じ、これから会社は、より良い方向に進化していくのだな、という感じは持ってくれたようです。
岩崎
社長の森がまだ総務部長だった頃、いわゆる働き方改革などに先行して取り組んでいました。例えば休日を増やすとか、社内サークルを活性化するとか。その他、福利厚生制度はかなり整えてくれました。森が従業員の待遇改善に尽力していたことをみんな知っているので、「Fan Fit Fun」はかなり好意的に捉えてくれたのだと思います。
藤原
私は自分が管理する部門の約70人と、一人ひとり面談しました。若い従業員もいろんなことを考えていて、良い発想もたくさん持っています。それをしっかりすくい上げたかったし、また会社についてどう考えているのか知りたい、という思いもあったのです。聞いてみると、従業員は本音で、良いことも課題も話してくれました。
何より感じるのは、「自分たちでやっていこう」という従業員の意思が、より強くなったことです。上から指示されたから、ではなく、自分の意思で責任を持ってやる。そんな主体性が出てきたように思います。
大倉工業グループの一員となり、新しい経営理念が発信されるということは、フジコーにとっての一大変革ですからね。従業員には不安な部分もあったでしょう。その不安と向き合い、解消することが大事だと考えています。
また、従業員にとって社長や部門責任者の言葉は、とても重いのだな、と実感しました。私が気軽に「これ頼む」と言ったことも、従業員には決して気軽な話ではなく、「事業部長が言うのだから100%守らないといけない」と捉えるのです。ともすると、従業員が「本当はAのやり方がいい」と思っているのに、部長の私が言ったからBのやり方でいかないといけない、という風に思ってしまう。特に製造部門は「絶対守らないといけない」と捉える傾向があるようです。そこまで私たちの意見を真剣に捉えてくれて、ありがたく思います。
ただ、上の指示はいつでも絶対と捉えると、おかしなことになってしまいかねません。新たな事業の可能性とか日々の改善などに関しては、ボトムアップ型でアイデアを出してほしい。そういう意見はどんどん言ってほしい、と伝えています。
岩崎
私の部門は人数が多いので全従業員というわけにはいきませんでしたが、リーダークラス以上の約60人と面談しました。
私はずっと営業だったので、製造部門にはまだ話したこともないリーダーもいました。事業別組織になり、他職種のスタッフが同じ部門に属することになり、初めて話ができたのです。面と向かって話ができたのは、とても良い経験だったと思います。
従業員に対し、今後こういう方向でやっていく、みんなはこういう姿勢を守ってほしいと、全員に同じことを伝えました。包装材は生理用ナプキンやトイレットペーパーなどの日用品を包装する袋なので、単価はそれほど高くありませんが、量はたくさんあります。収益改善によってほんの少し利益が高くなっただけでも、波及効果は莫大なのです。もちろん、収益改善で出た利益は、最終的に従業員の待遇に反映されることになります。収益改善を行うのは、みんなの待遇を良くするためでもあるのだ、ということも面談で伝えました。
大倉工業グループの一員となり、森が社長に就任し、組織が変わった。だから自分たちも変わっていかないといけない。そう感じてくれたように思います。

大倉工業グループの一員となり、ビジネスがさらに加速する。


(リージェント)
既に藤原さん、岩崎さんの話にもありましたが、2026年1月、フジコーは東証プライム上場企業・大倉工業(株)の連結子会社の一員となりました。これによりフジコーの各事業、あるいは体制にどんな変化が起こっているのですか。
岩崎
大倉工業は素材を作るメーカー、フジコーは様々な素材を利用して加工するメーカーということで、いろんなシナジーが期待できると思います。お客さまへの新製品のプレゼン・拡販についても、協力してやっていこう、と大倉工業と話をしています。
大倉工業はシェアトップの製品がありますが、私たちにもあります。フジコーは伸びる包装材、柔らかい包装材への印刷に強い、という特徴があります。一時、キャパの問題で大倉工業が伸びるフィルムの印刷に困っていた時、フジコーに声をかけてもらい、協働で仕事を進めた、ということもありました。そういった連携は、今後どんどん活発化すると思います。
加地
先ほど「量がたくさんある」という話も出ましたが、フジコーはナショナルブランドの大手メーカーとも数多く取引しているので、供給責任を果たすのも大事になりますね。
岩崎
量が出るということは顧客にブランド力があるということですから、ブランドに恥じない仕事をしないといけない、という意識は常にあります。また衛生用品は日々使うものなので、枯渇すると多くの人々に影響を与えてしまう。そういう意味では、確かに供給責任を感じます。
不測の事態で急に大量に必要、となると、お客さまも大変でしょうが、私たちも従業員に過大な負荷をかけてしまいます。そこまでして何が何でもやるんだ、という事態は避けなければなりません。そのためにも、お客さまには事前に様々な情報の共有をお願いしています。計画的に進めていれば、多少の増減があっても柔軟に対応できます。

(リージェント)
包装材事業をどんな風に伸ばしていきたい、とお考えですか。
岩崎
競合が少なく、新規参入が容易でない。そんな市場でのビジネスなので、まずは今のシェアをしっかり守ることが重要です。コンペティターが事業を断念すると、その代替を新規参入の会社が担うこともほとんどないので、残存する私たちに仕事が回ってくる、という構造になります。こうした残存者利益を獲得するためにも、安定した事業を継続しなければなりません。
包装材事業には、国内トップシェアを誇る製品もあります。例えば、先ほど森から話があった、ポリエチレンのフィルムに特殊な技術を用いてシリコーンを塗れるようにした剥離フィルムもその一つです。異なるものを調合すれば、新たな価値が生み出せるわけです。その流れで言うと、今、力を入れているのは、特性の異なる2種類のフィルムを貼り合わせて多様な働きを持たせるラミネートフィルムですね。これは大きく伸ばしていきたいと思います。
藤原
機能材の使命は、利益を最大化しながら領域を広げていく。これにつきます。機能材事業は、チャレンジする。共創して、成長する。それがミッションです。
機能性の各種フィルムという分野で、フジコーは後発です。業界のスタンダードを作っていたわけではなく、お客さまのかゆいところに手が届く提案で、課題を解決する。そうやって信頼を獲得してきたのです。今後も、営業だけでなく開発から製造まで一体となり、お客さまのかゆいところに手が届くような開発をしなければなりません。
だから、みんなには挑戦してもらわないといけません。各個人がそれぞれの担当範囲において挑戦し、成長する。そしてチームとなってお客さまと共創する。そんな組織になれば、まだまだ成長できます。今回、素材メーカーである大倉工業の子会社となったことで、コラボがやりやすくなりました。これにより新製品を作り、新たな道を開いていきます。
加地
イノベーションセンターの役割についてはいかがでしょう。
藤原
チャレンジしないといけない、という点はイノベーションセンターも同じです。それは機能材に限った話ではありません。包装材は規格・仕様の決まった製品が多いのは確かですが、お客さまの要望を満たすため、あるいはコスト改善に貢献するため、新たな材料を使ったり、製法を工夫してみたり、といった努力は常に必要です。そのため、包装事業部からイノベーションセンターに、事業部の垣根を超える形で協力を求められることもあります。特に新素材や、環境対応の技術を入れていく、となると、連携してやっていかないといけません。
そうした開発は、包装材だけでなく、機能材にも応用できる可能性があります。だから積極的にやっているし、今後もスピード感を持って取り組んでいきます。

(リージェント)
スピード感を持っていろんなチャレンジができる、という点に魅力を感じる転職志望者は結構いそうですね。
藤原
そういうスピード感を持った動きができるのは、私たちがお客さまの懐にしっかり入り込んでいるからです。お客さまからいろんなことについて相談を受けていますし、お客さまの事業の状況が詳しく分かる。だからどんなものがいつ頃までに必要か、予測して動けます。入り込んでいるからこそ、素早く対応できるわけです。
お客さまも「フジコーはわかってくれている」と安心してもらっている部分があるのではないでしょうか。当社は、お客さまのキーデバイスにあたる製品を提供しています。キーデバイスで市場シェアを取っていたら、一番最初にお客さまから相談が来るようになります。これは機能材だけでなく包装材でも同様。シェアがあるから、お客さまの情報が集まる。情報が集まるからスピード感のある動きができる。そうやってフジコーは、ビジネスを拡大させてきたのです。

独自技術を全国へ、世界へ発信していく。


(リージェント)
香川へのUターンを志向する転職志望者も大勢いるのですが、そういう人々にとってフジコーはどんな魅力がある、とお考えですか。
岩崎
中途で入った者にでも、やりたいと言ったら任せてくれる、という風土があります。私自身、そういう体験を何度もしました。全国ブランドの大手企業と違い、上が詰まっていてポストが空かない、なんてこともありません。だから「これをやらせてくれ」と手を上げたら、すぐにやれるのです。
会社としても、自分から意思表示して動いてくれる人は大歓迎ですよ。やりたいことを秘めながらなかなか思うように発揮できていない、という人にとっては、居心地のいい場所だと思います。待遇や教育、福利厚生といった面も、森がいろいろ整備をしてくれています。従業員を大事にしようという気持ちが溢れているので、存分に意欲を発揮できます。
藤原
全く同感です。長文の稟議書を書いて各部署を回って説明して…なんてまどろっこしさは一切ありません。「やりたい?じゃあ、やってみよう。」それで物事が進む。とてもシンプルです。
またウチの会社は、基本的に断らないのです。営業が「これ、やってみたいんだけど、力を貸してくれ」といったら、耳を傾け、動ける範囲で動いてみる。そういう姿勢が根づいています。
だから、自分なりに目標を持って仕事をしていきたい人は、やりがいが持てると思います。もちろん失敗もあるでしょう。しかし失敗は、自分の糧にすればいいんです。実際、ウチの開発部隊なんて、山ほど失敗していますよ。その経験があるから、先に進めるのです。
私はもともと東京生まれで、小学校の時に香川にやってきました。そのまま少年期を香川で過ごし、大学で県外に出て、東京で就職。そして今、転職で香川に戻ってきています。フジコーは香川の会社ですが、お客さまの多くは全国展開する大手。言わば、香川にいながら全国と仕事ができているわけです。地方で働くと行っても、地場だけを回るわけじゃないので、仕事は刺激に溢れていますよ。海外に行くこともあるし。それなりに規模の大きな仕事が任されます。

(フジコー)
香川にも高級車に乗る人は大勢いますが、そのハンドルを見ると、フジコーの手掛けた木目調デザインのフィルムが使用されていたりする。ああ、それは私たちの製品ですよ、とつい言いたくなりますね。
藤原
香川で働くことの良さは、オンオフの切り替えがはっきりしていることです。ウィークデーは仕事に頑張りながら、週末になるとのんびりした環境の中でリラックスできる。都会で暮らすと、こうは行きません。どこに行っても人の喧騒が絶えないし、緑も少ないし。香川にいると、やろうと思えば休日菜園で野菜も作れるし、花も植えられます。
フジコーは大倉工業グループの一員になりましたが、以前から基本的に独立系でやっています。どこかの素材メーカーや衛生用品メーカーの系列会社、というわけではなかったので、自由度が高いのです。自分たちが良いと思った素材を仕入れて、自分たちで製法を開発して、形にして売る。自分たちの意思でいろんなことに自由に取り組める、というのはいいですね。親会社の顔色をうかがって、やりたいことができない、というのではおもしろくないでしょう。
大倉工業グループに参入しても、基本的な独立性、自由なビジネス展開に関しては維持してもらっています。そうやって動けるのがフジコーの強みだ、と大倉工業にもわかってもらえているのでしょう。
岩崎
しがらみみたいなものがなく動けるのは、とてもいいですね。自分たちで提案内容を決められますから。

(フジコー)
私も含め、3人とも地元出身で、3人ともUターン。おまけに中途入社。それで社長と事業部長をやっています。もともとそういう会社なので、中途に対する偏見も一切ありません。ここでは、やりたいことがやれると思います。
加地
オリジナルの技術と独自の発想を活かし、楽しくやっていこう。皆さんのそんな思いが、言葉の端々に溢れていたように感じます。今日はどうもありがとうございました。

森 光弘

(株)フジコー 代表取締役社長

香川県出身。大学卒業後、関西の大手塗料メーカーを経て、「より現場に近いモノづくりを追求したい」との情熱を抱いて1998年にUターンし、株式会社フジコーに入社。営業の最前線で独自の「調色技術」を武器に全国ブランドの大手メーカーからの高難度な要望を具現化。2000年代には、包装材の技術を工業用途へ転用する「機能材事業」を立ち上げ、同社を素材融合による価値創造を行うエンジニアリング集団へと進化させた。その後、開発・品質保証・総務の各部長を歴任し、2026年1月、代表取締役社長に就任。現在は大倉工業グループの一員として、新理念「Fan Fit Fun」を掲げ、高い目標に向けた組織改革とさらなるイノベーションを牽引している。

藤原 太

(株)フジコー 機能材事業部長 兼 イノベーションセンター長

東京都出身。小学生の時に香川県へ移り、高校卒業まで香川で過ごす。大学進学を機に香川を離れ、卒業後は衣料品量販店にて7年半の販売業務を経験。その後、メディカル系のコンサルティング会社にて3年半勤務。2006年3月、株式会社フジコーへ入社。2年半の製造現場経験を経て、新規開拓を担う開発営業部門へ異動。主に製品開発を担当し、以降、開発部門にて着実にキャリアを積み上げる。2026年1月、機能材事業部長兼イノベーションセンター長に就任。

岩崎 信哉

(株)フジコー 包装材事業部長

香川県出身。大学進学で県外へ出た後、卒業を機に地元へUターンし、完成図書の制作・販売を行う企業にて営業職を経験。2006年6月、株式会社フジコーへ入社。入社後は、大手衛生用品・日用品メーカーの担当を引き継ぎ、包装材の営業に従事。膨大な取扱品目に当初は1社の対応に奔走していたが、業務に習熟するにつれて担当顧客を拡大し、着実に実績を積み上げた。以降も長年にわたり包装材分野の営業エキスパートとしてキャリアを重ね、2026年1月、包装材事業部長に就任。

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