INTERVIEW2023.3.8

地元で得た“信頼”という基盤は、揺るがない。ー(株)伊予銀行・稲田保実氏ー

INTERVIEW2023.3.8

地元で得た“信頼”という基盤は、揺るがない。ー(株)伊予銀行・稲田保実氏ー

愛媛に本店を置き、瀬戸内各地で事業を展開する伊予銀行。同行は、他行に先駆けてクラウドを業務に導入するなどシステムへの取り組みにも積極的で、昨今ではデジタル技術をコアとするDHDモデルを推進しています。同行におけるデジタル技術の活用を主導するのが、執行役員・システム部長の稲田氏です。同行が独自のシステム開発にこだわるのはなぜか、そうした動きが、四国地域にどんな効果をもたらしているのか。稲田氏の話を基に、四国で働く価値について考えてみたいと思います。

50歳を目前に、畑違いのシステム部に配属。イチから勉強を始める。


佐々木
まず稲田さんのご経歴を教えてください。
稲田
高校までは宇和島で暮らし、大学時代を広島で過ごしました。就活を迎え、ぼんやりと考えていたのは「瀬戸内海沿岸で働きたい」ということです。大都会に行きたいという欲求はなく、地元を優先していました。そうやって活動を続け、入行を決断したのが伊予銀行です。

入行後、約20年は法人向け営業を中心に担当。営業店で担当エリアの法人顧客を回り、融資の提案などを行っていました。
2007年に、営業部門を離れ、事務管理部(後に事務統括部へと改編)へ異動。その後、2014年にシステム部へ異動し、副部長に就任しました。全く畑違いの仕事だったので、50歳を目前にシステムの勉強を始めました。


佐々木
フィンテックなどという言葉が登場したことからもわかるように、金融とシステムは切り離せない存在になっています。2014年の異動後は、そういった変化を感じることが多かったのではないですか。
稲田
おっしゃる通り、今はどの銀行業務を行うにも、必ずシステムが絡んできます。なにか新しいことを始める際は、システムをどうするか、といったことが議論の前提になります。
私が異動した頃には、クラウドへの対応が新たな動きとして出てきました。当時は「まだまだ銀行がクラウドを使うなんて、全く考えられない」といった意見が業界の主流でした。そんな中、伊予銀行は、金融機関のシステムの安全対策基準の策定等を行うFISC(金融情報システムセンター)がクラウドに関する指針を出してきたこともあり、2015年頃からルール作りに取りかかったのです。他行と比較しても、クラウドへの取り組みはかなり早かったと思います。

行内でもクラウドを疑問視する声がなかったわけではありません。しかし今では、多くのシステムがクラウドを介して動き、使えるものはまずクラウドで、という流れが当行では当たり前になっています。新しい技術への素早い対応が、うまくいったのだと考えています。
松本
いずれ金融業界もクラウドを活用するだろう、といった読みがあったのですか?
稲田
クラウドと言うと当時はITのスタートアップが使うもので、世の中に浸透していたわけではありません。しかし、他の業界での活用例が出てきていたので、いずれ金融業界にも波及するだろう、と考えていました。FISCもガイドラインを出したし、準備しておいた方がいいんじゃないか、と。その後、メガバンクなどがクラウド利用を始めたのを見て、やはり来たな、という思いでした。

伊予銀行は、他行に先駆けてシステム化に取り組んできた。


佐々木
伊予銀行はシステム化に関して、他の地銀より断然早く動かれていますね。
稲田
伊予銀行ではDHD(デジタル・ヒューマン・デジタル)というモデルを推進しています。簡潔に言うと、お客さまと銀行の接点をデジタル化することで、お客さまの負荷を減らすとともに、お客さまの求める最善のサービスにつなげる、という体制を指します。この取り組みも2015年以降に始まっていますので、地銀の中ではかなり早いと思います。
佐々木
具体的には、どういった点が変わったのですか?


稲田
最も分かりやすいのは、窓口業務におけるタブレット利用です。これにより、窓口でお客さまが書類を手書きすることはほぼなくなりました。
このシステムは、当行が他社と連携し、独自に開発したものです。タブレット活用自体は、既に実施している地銀もあります。しかし当行のシステムはオリジナルなので、入力画面でチャット形式を取り入れるなど、それまでなかった発想を取り入れました。やはりインタフェースがわかりやすくないと、お客さまに快適に使用してもらえませんから。他にも、いろんな試みを採用しています。
今、注力しているのは、アプリ開発です。あらゆる金融サービスが来店しなくてもアプリ上でできるようになることで、金融を身近に感じて欲しいと考えています。例えば住宅ローンの試算もアプリ上でシュミレーションすることが可能となっています。また、地域情報の発信やクーポンの配布など生活に密着して活用できるサービスの開発などにも取り組んでいます。
松本
2022年、伊予銀行さんは持株会社体制に移行されました。持株会社の下に各グループ会社が並ぶ形となり、システム部門の役割もずいぶん変わるのではないでしょうか。
稲田
確かに変わっていくはずです。将来的にはグループ会社個別で動いているシステムを包含したり、連携させたりするなどの統括的管理を行うようになるのではないでしょうか。システム部門が、各グループ会社に横串を刺すような。そうなると、システム部門にまた新たな発想が求められることになると思います。

業界がシステム内製化にシフトする中、伊予銀行の強みが際立つ。


佐々木
今後、金融業界におけるシステムの流れはどのようになっていくのでしょう?
稲田
今はどの金融機関も、システムの内製化にシフトしています。地銀については、20年ほど前から勘定系システムの共同化という動きがありました。そのため、自前のシステム部門をなくし、外部の会社に委ねた銀行もあります。
その中で、伊予銀行は独自のシステム開発をずっと続けてきました。これは代々、独自性を重視してきた伊予銀行の体質のようなものです。共同化に乗ってしまえば、システム部門を軽量化できるなどメリットがあるとわかっているのですが、その一方、自分たちの提供したいサービスをベストのタイミングで形にするのが難しくなる、といった制約も出てきます。その制約を受けずにサービスを展開するには、システムの独自構築を続けるしかありません。
独自性を重視してきたことが、今では当行の強みになっていますね。他の地銀が内製化に回帰する中、当行はずっとそれを続けてきたのですから、積み重ねが違います。
松本
AWSジャパンのユーザーコミュニティであるE-JAWSのメンバーになったのも地銀の中では一番だとお聞きしています。新しいチャレンジが推奨される風土があるおかげでしょうか。


稲田
当行は結構、新しもの好きなところがありまして。地銀にしては珍しく、新しいことへの取り組みは柔軟だと思います。私が営業本部にいた頃は、住宅ローンなどのオリジナル商品開発にも積極的でした。
ちなみに、こうした新商品を企画する際も、システム部門のサポートは不可欠なんです。新しい商品の開発には、今あるルールの一部改定がついてきます。しかしどのルールにも、生まれた必然性があります。システム部門はルール作りにも関与するので、そういった背景をよく知っているのです。だから、新商品企画の際、ルール変更に伴うリスクがどこに発生するか、事前に指摘してくれたものです。様々なリスクに通じたシステム部門が存在するというのは、API連携によっていろんなシステムをつなげる、といった際にも大いに役立っています。
佐々木
今後もシステムの独自性にこだわっていかれるのですか。
稲田
全て完全にオリジナルである必要はないと思います。クラウドを利用するのも、自行でハードウェアの老朽化や更改に対応するのは大変、という理由からですので。既に存在していて、当行の業務やサービスに馴染むものであれば、活用した方がいい。オンプレミスで全部イチから作り上げるのは、やはり時間も手間もかかります。大事なのは、戦略領域のシステム構築に全力を注ぎ、独自性を発揮することです。
松本
そのためには、人財の拡充も必要になってきますね。
稲田
この2年で、人員を1.3倍に拡大しました。システム部門でそれほど人員を揃えるのは、地銀では珍しいと思います。
DHDモデルの深化・進化(しんか)に伴う業務・サービスの充実やサイバーセキュリティ対策、そして持株会社体制への対応をにらむと、人財はもっと必要。キャリア人財も積極的に採用していくつもりです。

東京の仕事と暮らしは刺激的。だが長く続けるものではない。


松本
メガバンクと地銀の役割の違いを、どのように捉えておられますか。
稲田
最も大きな相違は「地銀には故郷がある」という点でしょう。伊予銀行は愛媛に本店を置き、瀬戸内海でサービスを展開する金融機関です。何があろうと、この地元から逃げるわけにはいきません。良い時も悪い時も、地元を見つめ、地域の人々とともに発展する。それが地銀の存在意義だと思います。
佐々木
四国地域を発展させる上で重要なのが、「四国ならではの働く価値」ではないかと思います。この点については、どのようにお考えですか。
稲田
私は、東京支店に4年間赴任していました。その4年間は、仕事もプライベートも地方の都市にいては味わえない面白さに満ちたものだったことは間違いありません。
ただし、ずっと東京で暮らしたいとは思いません。例えば通勤時間。私は現在バイク通勤なので、せいぜい20分程度ですよ。でも大都市だと、1時間を超えるのもザラでしょう。
給料は確かに大都市の方が高い。しかし物価は地方が安いし、新鮮でうまいものが安く手に入ります。住居のコストもだいぶ違います。実家との距離も近く、特に子育てを考えた時は、何かと楽ですよ。
プライベートな空間も、地方では十分確保できますしね。自然も豊かで気候も穏やか。ワークライフバランスを考えれば、地方がいいと思います。


佐々木
仕事面で違いを感じることはありますか。
稲田
ビジネスの規模は東京の方が大きいですね。東京なら、スタートアップでも数10億の売上に結びつくケースがあります。地方で10億売り上げるのは大変ですよ。
ただし、地方で売り上げた10億円には、地元からの信頼というかけがえのない価値が詰まっています。信頼に支えられた企業は、簡単に揺らぎません。
また、普段は松山市で仕事していて、いざ東京に行こうとなった時も、空港までの距離が近いので意外とすぐに行けるんです。四国から見て大都市は、思っているほど遠い存在ではありません。ネットなども普及し、情報のタイムラグもほとんどないので、地方でも東京と変わらない仕事ができますよ。
伊予銀行のシステム部門は、若手人財を増やしたこともあり、平均年齢がかなり若返っています。上下関係も割りとフラットで、互いに言いたいことが言い合える風土があります。若手が提案してくることも多いですし。こういう環境もあってか、私には、地方で仕事する方が合っていますね。
佐々木
ビジネスである以上、浮き沈みはあったとしても、地元で築かれた信頼があれば事業が揺らぐことはない。そこに地方の働く意義もある、と言えそうですね。
本日はお忙しいところ、ありがとうございました。

稲田 保実

(株)伊予銀行 執行役員 システム部長

愛媛県宇和島市生まれ。1987年、広島大学を卒業後、伊予銀行に入行。本店営業部を皮切りに、福山・東京・大分各支店に配属され、主に営業係として活躍する。2007年には事務管理部(その後事務統括部に改編)に異動。2014年、システム部副部長、2016年、システム部長に昇進。2020年、執行役員システム部長に就任。

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