INTERVIEW2023.1.18

イノベーションのシーズは、地方にこそある。ーナノミストテクノロジーズ(株)・松浦氏ー

INTERVIEW2023.1.18

イノベーションのシーズは、地方にこそある。ーナノミストテクノロジーズ(株)・松浦氏ー

100~200Vの一般的な電源で発生させた超音波を対象の液体に照射すると、数ナノメートル〜数十マイクロメートルという極小サイズの霧(ミスト)が発生します。この現象を活用して、複数の成分が混合する液体から特定の成分だけを分離したり、必要とする成分を濃縮するナノミストテクノロジーズの「超音波霧化分離技術」。この技術に早くから着目し、実用化に向けて20年以上、研究を重ねてきたのが同社社長・松浦氏です。多くの失敗や挫折に見舞われながらも、飽くことなく技術を追究してきたベンチャー精神旺盛な松浦さんに、四国ならではの働く価値についてお聞きしました。

自分の見つけた技術の可能性を信じ続け、10年かけて形に


佐々木
松浦社長が、超音波霧化分離という技術に着目された経緯を教えてください。
松浦
実家が酒蔵で、私もずっと酒造りを勉強していました。大学院を出て最初に就職したのも、大手酒造メーカーの研究所です。そこでバイオエタノールを作るための装置開発に携わっていました。エタノールはできたのですが、それを分離して濃縮するプロセスが、うまくいかない。蒸留装置を使っていたのですが、効率的ではないんです。もっと良いやり方はないのか…と研究を重ねて、超音波霧化分離にたどり着きました。
佐々木
従来の蒸留装置にはどのような課題があったのでしょう。
松浦
現代の蒸留装置は、1800年代に開発されたカフェ式蒸留器が原型になっています。当時はウィスキーなど酒類の消費が爆発的に拡大したため、それらを効率的に作る方法として発明されたのです。蒸留装置は食品・化学・石油精製など様々な分野で使われていますが、原理はカフェ式蒸留器と変わりません。酒造りでも改良を重ねてきたもの、今の仕組みでは効率の壁を超えられません。そこで違う発想が必要になったわけです。


吉津
効率を上げるのが大きなテーマだったのですね。
松浦
しかし、勤務していた会社の方針で、その研究を継続しないことになりました。私はとてももったいなく思い、1997年に会社を退職。会社の許可を得て、実家の酒蔵に戻り、技術開発を継続したのです。手作りの設備での研究でしたが、霧化分離は何とか形になってきました。そこで「霧づくり」という名で日本酒を売り出したところ、結構ヒットしました。当時連載していた漫画でも取り上げられるほど、注目が集まったんです。
ところが、酒税法という壁にぶつかります。蒸留酒と醸造酒では税率も異なるのですが、ミストを使って作った酒はどっちなんだ?と。結局、酒税法が変わって、2006年には「霧づくり」が売れなくなってしまいました。
法律の壁もあり、それまでOKだったものがダメになってしまう。せっかく育てた技術が台無しになってしまうことに挫折感も味わったし、腹も立ちました。それであれば、酒税法などのない分野で、ベンチャーとしてやろうと思いました。
吉津
創業が2002年。現在のナノミストテクノロジーズ(株)としてスタートされたのが2011年。結構時間を要しているなとも感じていたのですが、酒造り以外の分野への技術転換は大変だったのではないですか?
松浦
酒造会社にいたころ、「霧化分離はアルコール以外に使えない」と明言した同僚もいました。しかし私は、できないことはないはずと思っていました。
ただ、決してスムーズではなかったですね。私はずっと、醸造に関わる微生物の世界を研究していましたから。装置を作るとなると、機械工学や制御工学といった知識が必要になります。そういう分野の専門家は社内にはおらず、実績もない段階では、創業社長があらゆることに精通していないといけない状況でした。そこから機械設計等を学び始めましたが、わからないことだらけ。超音波霧化分離装置を形にするまで、10年ほどかかってしまいました。
佐々木
諦めようとは思われなかったのですか?
松浦
自分で見つけた技術ですから、諦められません。エジソンでも誰でも、ものづくりの分野で自分の道を切り拓き、役に立つ技術や機械を生み出した人は、理系人間にとってヒーローじゃないですか。そういうヒーローへの憧れも感じました。「これを形にするんだ」という使命感みたいなものもありました。また、途中で止めてしまうと、また負け犬になってしまう。酒造りの理不尽な壁には跳ね返されたけど、ここでしっぽをまくわけにはいかない。そんな思いでした。
吉津
10年間、装置づくりで収益化が難しい中、資金はどうされたのですか。
松浦
苦しい思いをしました。まずはベンチャーキャピタルを回ったのですが、東日本大震災の影響で、上場企業数が歴史的に最悪だった時期です。そうするとファンドが組成できず、お金が集まりません。それまでは、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(※以下、NEDO)から提供された開発資金を使っていましたが、2015年に官民出資の投資ファンドである産業革新機構(産業革新投資機構)から投資してもらい、資金をつなぎました。投資家から資金を集めるには、単に「良いものを作っています」とアピールするだけではダメだ…と学んだのも、この頃です。

食品、化学、排水処理、そして脱炭素。様々なテーマが見えてきた


佐々木
苦節10年を経て、事業が軌道に乗るフェーズに到達されたのですね。


松浦
いろんな業界のお客様にインターネット経由で興味を持っていただき、声をかけてもらうことが増えています。特定の成分だけを分離・濃縮できるという点が、温泉の温泉成分濃縮や、工場廃液の浄化といった面に活用できるのです。
昨今、増えているのは食品業界ですね。この業界では、食品の香りを濃くしたいという課題を抱えています。手法としては、蒸留装置を使うか膜を使うか。しかし蒸留装置は熱を加えるので、香りが変質してしまいます。一方、膜を使う方法は、膜を透過する段階で香りが減殺しますので、一長一短なんです。
超音波霧化分離装置は、通常の電源で稼働するため、熱を発生させることも、香りの減殺もありません。もともと酒造りのために考えついた技術ですから、食品とは馴染みやすい技術です。

また、様々な業界が共通して抱える「脱炭素」という課題の解決にも可能性を感じています。蒸留装置は化石燃料を用いて水を沸騰させます。ここでCO2がたくさん出てしまうわけです。しかし、当社の機械は100%電気で動きます。自動車業界では内燃機関車から電気駆動車へと置き換わりが進んでいますが、「液体分離」分野でも同じ流れが起こるはずです。当社の技術が、その推進役になると考えています。
吉津
他の企業や大学などとのカーボンリサイクルに関する研究で、NEDO事業に採択されておられることを、御社のホームページで拝見しました。
松浦
カーボンリサイクルの研究については、今後も力を入れていきます。CO2回収で世界の主流となっているのはアミンというCO2吸収剤を用いる方法で、化石燃料を莫大に燃やす火力発電所が採用しています。アミンにCO2を吸収させるには、かなり大きな装置が必要で、莫大な建設コストがかかってしまいます。また、アミンは高価なのでランニングコストもバカになりません。
そこで霧化分離技術が役立ちます。火力発電所では化石燃料を莫大に燃やす過程で廃熱も大量に出ています。この廃熱をエネルギーとしてミストを作り、CO2を吸収するのです。ミストの微細な粒子を集約すると、表面積が膨大になります。この表面積でCO2を吸収するため、大がかりな設備が必要ありません。なお、廃熱を再利用するため、ランニングコストはほぼゼロです。この技術が確立できれば、排出権取引等にも活用できるのではないかと考えています。
佐々木
脱炭素は、御社の事業にとって大きな柱となりそうですね。
松浦
火力発電所以外でも、いろんな市場を見据えています。例えば半導体分野では、ウェハ洗浄の過程でプロピルアルコールを使います。使った洗浄液は通常は廃棄するのですが、超音波霧化分離装置を使うとリサイクルできます。
また、化学分野でも蒸留装置が稼働していますが、霧化分離に置き換えるとCO2排出量が抑えられることになるわけです。
様々な分野への適用をにらみ、装置の標準化も進めています。標準タイプを作ることでオーダーに合わせてカスタマイズすることができ、コストダウン・納期短縮することで装置の普及を加速させていきます。

これからの日本には、イノベーションこそ重要


佐々木
大都市圏に出た人が四国にUターンしたり、あるいは新たな人を呼び込むには、四国に可能性を感じてもらうのが一番ではないかと思います。そういう意味で、御社のような元気のいいベンチャーが立ち上がるのは、とても大事ですね。
松浦
人口減の進む日本が世界に対して今後も存在感を発揮するためには、何よりイノベーションが重要だと思います。そのイノベーションを起こすのは大企業ではなくベンチャーなんです。
そしてイノベーションとは、地方からこそ生まれるのではないでしょうか。大都市と比べ何かと行き届いていない地方では、いろんな問題が発生します。社会の多くの人が「困ったな」と感じることは、まさにシーズです。問題があるから解決策を模索し始める。その過程でイノベーションが芽吹き始めるのだと思います。
吉津
地方の課題を追究し、それをきっかけにイノベーションを起こすには何が必要なのでしょうか。


松浦
イノベーションを支援する土壌づくりは不可欠でしょうね。シーズを武器にベンチャーを立ち上げようという際、必ず立ちはだかるのが資金の壁ですから。アメリカのベンチャーキャピタルなどと比較して、日本全体で見てもファンドの規模は10分の1程度です。それでも、私が起業した頃と比べると環境はずいぶん良くなりました。地方のベンチャーを積極的に支援する仕組みを整えていけば、もっとイノベーションが発生しやすくなると思います。
佐々木
四国ならではの働く価値については、どのようにお考えですか。
松浦
人材採用においては、多くの四国出身者が域外に出てしまっているのは頭の痛い問題です。数少ない人材の獲得競争になっているのが正直なところです。
しかし、人材側から考えた時、多くの地元企業が都市圏でのスキル・経験を持った人材を欲しがっている、待ってくれているというのは悪いことではないと思います。また、コロナ禍で人の密集しない地方の方が良いのではないか、という気運も高まっていますしね。

私は人材採用する上で年齢・世代には強いこだわりは持っていませんが、今まで経験してきたことや学んだことを活かし、社会の役に立つ仕事がしてみたいと考えるなら、ぜひ四国に帰ってきてほしいと思っています。私はまだまだ前を向いてイノベーションを起こしていきますので、是非一緒にやって欲しいです。もちろん地方に戻ってのんびり過ごすこともできますが、想いを持った方には第一線で力を発揮していただきたいと思っています。
佐々木
世代を超え、多くの人が地方からイノベーションを起こす。それが地域の活力となり全国に波及して社会を元気づける原動力となるでしょう。そんな地方主体の時代を創り出すため、私たちも努力したいと思います。
本日はどうもありがとうございました。

松浦 一雄

ナノミストテクノロジーズ株式会社 代表取締役

1962年、徳島県最古の酒蔵である本家松浦酒造(1804年創業)に生まれる。1987年、山梨大学大学院を修了後、大手酒造メーカーの総合研究所へ入所。1996年には大阪大学大学院の博士課程を修了。1997年、(株)本家松浦酒造場へ入社。2002年、超音波醸造所有限会社(現ナノミストテクノロジーズ)創業、代表取締役社長に就任する。

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