高知2026.11.4

高知に戻ったら、世界とつながる仕事があった。ー廣瀬製紙(株)・明神賢一氏ー

高知2026.11.4

高知に戻ったら、世界とつながる仕事があった。ー廣瀬製紙(株)・明神賢一氏ー

高知県土佐市に本社を置く廣瀬製紙株式会社は、世界トップクラスの薄さを誇る機能紙のメーカーです。海外売上比率は8割を超え、乾電池用セパレーターでは世界シェアの約3割(自社調べ/推計値)を占めています。そんな同社の開発部門を率いているのが、明神賢一氏です。地元・高知出身の明神氏は、福井の大学で博士号を取得し、10年ほどセラミックスの研究に従事した後、2015年に帰郷。専門外である不織布の世界へ知識ゼロで飛び込み、現在は開発部門のチームリーダーとして開発管理や教育環境の整備に尽力されています。今回は明神氏に、同社の事業の魅力や開発業務のやりがいについて話を伺いました。

「不織布って、何ですか」から始まった。


川田
明神さんは高知のご出身で、大学から福井に出られたと伺いました。まずは、そのあたりからお聞かせいただけますか。
明神
材料工学に興味があり、セラミックス系の研究室に所属していました。セラミックスとは、要するに焼き物のことです。粉をつくり、その粉が電池の材料になったり、人工骨になったりする。テーマは機能性酸化物粉体の合成と、その活用でした。


川田
そのまま大学に残られて、研究の道に進まれたのですね。
明神
博士号を取得した後も大学に残り、10年ほど自身の研究テーマを持ちながら、学生の指導にもあたっていました。今振り返ると、この「学生を育てる」という経験は、現在の職務にとても活きていると感じます。
川田
高知に戻ろうと思われたのは、何がきっかけだったのでしょうか。
明神
結局のところ、大学での研究は研究費を確保しないとできません。研究室への補助金がなくなり、研究を進めることができなくなってしまった。もともと親が高齢で、いずれ帰った方がいいだろうとは思っていたので、そのタイミングで具体的に考えるようになりました。
川田
戻ることを考え始めた時点で、高知の企業についてはどの程度ご存じでしたか。
明神
ほとんど知らなかったです。比較的知名度のある数社しか知らない。それ以上の情報は持っていませんでした。
川田
廣瀬製紙との出会いは、どのようなものだったのでしょうか。
明神
登録していた転職サイトからの紹介でした。正直なところ、廣瀬製紙という名前も知りませんでした。不織布メーカーだと言われても、ピンときません。ただ調べてみると、ナノファイバーをつくっており、それは私が所属していた研究室でも研究していたテーマだったのです。そして、電池材料向けの人材も求めていた。電池の研究はやってきましたので、自分の経験が活かせるのではないかと考えました。
川田
セラミックスから不織布へ。ご専門とは異なる領域だったかと思いますが、決断に迷いはありませんでしたか。
明神
近からず、遠からず、でしたね。入る前に分かっていたことはほとんどありませんでしたが、それでも、ここなら自分のやってきたことが何かにつながるかもしれないと考え、思い切って飛び込みました。

電極から、セパレーターへ。


川田
実際に入社されてみて、ご経験はどこまで活かせたのでしょうか。
明神
同じ電池でも、私がやっていたのはプラス極(正極)・マイナス極(負極)といった電極で、廣瀬製紙がやっていたのはセパレーターです。広く電池としての知識はありますが、セパレーターにどういうものが求められるのかは分かりませんでした。
川田
セパレーターという言葉に馴染みのない方も多いかと思います。どういう役割の部材なのでしょうか。
明神
プラス極(正極)・マイナス極(負極)が触れないよう、隔てる役割を担っている部材です。極端な話をすると、電池の性能を極限に高めるためには、無い方がいい部材だと言えます。けれど、ショートや発火の危険性があり、無くすわけにはいかない。ならばどうするか。極力薄く、極力少なくすることが求められます。そこで、薄いものをつくれる当社に引き合いが来るのです。
佐々木
大学の研究室から企業の開発現場へ移られて、当初はどのような印象を持たれましたか。
明神
まず、扱うスケールが全く違いましたね(笑)。大学でのセラミックス研究は原子レベルの世界なので、0.00……という極小な単位で扱いますが、企業での試作はもっと大きなスケールで行います。
また、大学は基礎研究が中心なので、製品開発の手前で終わりますし、時間軸も3年、5年と長期スパンです。一方、企業にはお客さまと納期が存在します。制約は増えますが、自分たちの作ったものに対してお客さまの反応がダイレクトに見える点は、企業での開発ならではの魅力だと思います。
佐々木
知らないことばかりという状態から、どのように仕事を覚えていかれたのでしょうか。
明神
お客さまから要求が来て、試験をしていくのですが、最初はパラメーターの設定の仕方も分からない。可能な限り自分で考え、試行錯誤し、それでも分からなければ製造現場と直接やり取りをして、技術的な知識を身につけていきました。
佐々木
開発の立場でありながら、生産技術の領域にまで踏み込んでいかれたのですね。
明神
開発の担当者は「こういうものを作りたい」と考えます。ですが、実際にどう作るかを最後に決めるのも、開発の担当者自身なのです。どういう操作をすればどうなるのかというメカニズムを理解していなければ、ものは作れません。製造現場を知ることで、開発の解像度も上がっていきます。どのようにスケールアップしていくかをイメージしながら開発ができるようになったのは、現場に踏み込んだ経験があったからだと思います。

薄さという強みが、多様な分野への入り口になる。


川田
廣瀬製紙ならではの技術は、どこにあるとお考えですか。


明神
薄い紙がつくれる、ということに尽きます。そのために必要なのが、まず原料をきれいに水の中に分散させること。次に、そこからシートをつくること。そして三つ目が、そのシートをロールに巻き取ることです。薄いということは、シートとしての強度が弱いということですから、ちょっとでも引っ張れば切れてしまう。それを切らずに巻き取る力加減に、培ってきたノウハウがあります。
川田
その薄さは、お客さまにとってどのような価値になるのでしょうか。
明神
不織布のライバルはフィルムです。私たちは、フィルムが使われているところに不織布で参入できないか、と考えます。両者の違いは密度で、不織布の方が内部の空間が大きい。電池で言えば、リチウムイオンが不織布の内部でたくさん速く動ける。高出力にしたい、急速充電をしたいというニーズは、不織布で実現できる可能性があるわけです。また、耐熱性という面でもフィルムとの違いを出すことができます。
佐々木
御社は電池分野に強みがあるイメージですが、お声がかかる分野は他にも広がっているのでしょうか。
明神
広がっていますね。薄くて、しかもPPS(高耐熱・高耐久の特殊樹脂)のような特殊な材料まで扱っている。そうなると、さまざまな業界から声がかかります。液体や空気をこすフィルター、医療材料、さらには農業分野もあります。今後に向けた研究テーマも、かなりの数を走らせています。
佐々木
まだ用途開発の余地は大きい、ということですね。
明神
そう思います。自動車メーカーや電池メーカーから新たな電池のお話を聞くこともあります。リチウムイオン電池向けは、実際に取り組む中で実現の難しさも分かってきました。そこで現在は、その先にある次世代の電池で当社の不織布が使えるのではないか、というお話をしています。

言われたものをつくるのは、大前提。


佐々木
開発の仕事を成功させようと思ったときに、一番大事になることは何でしょうか。
明神
お客さまがおっしゃるのは、「薄いものが欲しい」「これくらいの目付(単位面積あたりの重量)のものが欲しい」といった仕様に関するオーダーです。しかし、実際にどういった環境で、どのように使われているかは分かりません。なので、実際にどう使われているかを聞いて、「では、こういう機能がいるのではないか」と提案する。単に穴が開いていればいいのではなく、どの面の、どこに、どういう穴が必要なのか。そこを想像して形にしていくことが大事だと思っています。
佐々木
言われたものをそのままつくる、という仕事ではないわけですね。
明神
言われたものをつくるのは大前提ですね。そのうえで、プラスアルファをどう出せるか。ただ、どう使われているかは、実際に使っている人にしか分からないのです。そこをいかに聞き取るかが重要だと思っています。
川田
これまでの中で一番手応えのあったお仕事を挙げるとすれば、どのような仕事でしょうか。
明神
開発はなかなか目立った山場が少ないのですが、役に立ったなと思えるのは、お客さまの課題を解決したときですね。最近で言うとブラジルの案件です。コーヒーの苗を育てるポットでトラブルが出まして。なぜこうなるのかを検証して、「こういう環境で使われているからこうした問題が発生するのです」と説明して、対策を提示する。そうすると納得していただけますし、信頼していただけるのです。
川田
原因が分からないところから、どのように分析を進めていかれるのでしょうか。
明神
まず現物を見ます。実際にどうなっているか、現場に行って見てみる。物理現象として、どういうことが起これば、こういう結果になるのか仮説を立て、その中で起こり得ることを選び、検証する。やっていること自体は、そんなに難しくありません。どれだけそこで観察できるかが大切で、そこはセンスなのだと思います。

「一人前になるまで」をしっかり設計する。


佐々木
開発グループは、どのような体制なのでしょうか。


明神
私を入れて8名の体制です。案件ごとに一人が1つか2つを担当する形で、分野は基本的に被りません。とはいえ一人で全部やりきれないときは、互いに協力します。個人でもあり、チームでもある、という感じでしょうか。長く現場を見てきたベテランと若手が混ざっていて、それぞれ培ってきた経験や技術もさまざまです。
川田
若手が多い分、育てる側としての難しさもあるのではないでしょうか。
明神
確かに難しさはありますね。特に、新卒で入ってきたメンバーは社会人経験も研究開発の経験もない。何をすればいいのか分からず、「どうしよう」となってしまう。そうすると、失敗するのが怖くなる。面白いと思うより先に、「言われたことを失敗しないようにやろう」と考えてしまうのです。
川田
そこを、これからどう変えていこうとお考えですか。
明神
まずは、教育システムを整備したいと思っています。開発は、廣瀬製紙に何ができて何ができないのかを知らないといけません。それは本を読んで身につくものではなく、私自身がそうだったように、製造現場をはじめ開発の外にも踏み込む中で身についていくものです。開発の中に閉じこもらず、会社全体を総合的に理解できるようになる。その道筋を、場当たりではなく仕組みとして設計したいのです。
佐々木
体系立った教育の仕組みで、一人前になるまでの時間をどれだけ短くできるか、ということですね。
明神
そうしないと、楽しくないと思うのです。何も分からないままやらされているより、自分で考えて、自分で動かせるようにならないと、面白くはないですよね。大学で学生の指導をしてきたこともあり、研究開発は失敗して当たり前だと思っています。それを失敗と思うのか、成功のためのプロセスの一つと思うのか。開発をやる人間は、そういう考え方でなければいけない。そこは、社長の思いとも一致していると思います。
佐々木
御社の岡田社長は行動指針として、変化・挑戦・成長を掲げていらっしゃいます。明神さんが入社されてからの11年で、会社が変わってきたという実感はありますか。
明神
とても感じます。私が入った当時、製造現場は個人の力と経験でやっていました。「こうやれば上手くいく」というやり方が人によって違う。それを「誰がやっても同じ結果になるように変えていこう」と。そこは相当変わりました。開発の側も以前はニーズよりシーズが先に立っていて、やってもやっても出口がないという状態でした。そこに開発のシステムが設計されて、選択と集中ができるようになりました。

まだ見ぬ用途を、創り出していく。


佐々木
これからの開発現場では、どのような方が求められていくのでしょうか。
明神
大事なのは、論理的に物事が考えられるかどうかです。「こうなったら、こうなるはずだ」と考えられないと、開発は続かない。「こういう結果が出ましたが、なぜかは分かりません」では困ってしまう。逆に言えば、知識は後からついてきます。不織布に関する知識は、入ってから身につければいいのです。
佐々木
入社された方のこれまでのご経験は、どのように活かされていくのでしょうか。
明神
その方の経験を最も活かせる方法を一緒に考えていきます。分析を長く担ってきた方には、分析を軸に動いてもらう。電池の製造分野で働いていた方がいれば、電池分野の研究開発を進めてもらう。その方が持っているものを活かさない手はないと思っています。
佐々木
都市部で専門性を積まれた方が、キャリアを見据えてUIターンを考えるケースが増えています。そうした方の経験で、御社でこそ活きるものはあるのでしょうか。
明神
分野で言えば、メディカルやライフサイエンスですね。規模が大きくなくても成り立つので、うちには合っている。ただ、技術力を高めないと参入できない領域でもあります。メディカル用途の知識のある方は、非常に貴重です。環境や半導体の分野も同じですね。とはいえ、そうした分野の経験がなくても構いません。素人考えが正解、ということもよくありますから、一つの見方に固まってしまわないことが大事なのだと思っています。
川田
開発の立場から見て、御社で働く面白さはどのようなところにあるとお考えですか。
明神
不織布という縛りはありますが、その中で応用の幅は非常に広いです。同じ技術が、まったく違う業界の課題につながっていきます。まだ見ぬ用途を、どう創りあげていくか。その面白さに惹かれるかどうかだと思います。


佐々木
高知で働くことについては、いかがでしょうか。
明神
デメリットはそんなにないと思っています。以前はお客さまのところへ行かないといけませんでしたが、いまはオンラインでやり取りができます。それに、当社は海外にお客さまが多いですから、日本のどこで働くかは大きな問題ではありません。メリットは、気分転換がしやすいことでしょうか。食べ物も美味しく、自然も豊かですし、とても過ごしやすい土地だと思っています。
佐々木
御社のような会社が高知にあると知るだけでも、四国で働くという選択肢の見え方は変わってきますね。本日はありがとうございました。

明神 賢一

廣瀬製紙(株) 開発グループ チームリーダー

1973年生まれ。高知県出身。県外の大学に進学し、博士後期課程を経て博士号を取得。そのまま大学にて無機機能性材料の研究開発と学生指導に10年ほどあたる。2015年1月、Uターンで廣瀬製紙株式会社に入社。技術開発部門で電池関連部材の研究開発を主軸に、生産技術を兼任しながら開発全般に携わる。2022年9月、開発・営業チーム(当時)のチームリーダーに就任。現在は開発グループのチームリーダーとして、開発業務と後進の指導・育成にあたる。

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