多彩なキャリアを通じて培われた価値観と、地域活性化への想い
- 吉津
- まずは、伊原さんのプロフィールについてお聞かせください。
- 伊原
- 徳島の出身で、高校まで徳島で過ごしました。その後、名古屋大学の大学院まで進み、航空宇宙工学を学びました。しかし、6年間在学して分かったのは、私はあまり数学や物理の勉強が好きではないということでした(笑)。正直、大学院やメーカーで研究を続けるイメージも持てなくて。同級生の多くは大手メーカーに推薦で就職していったのですが、ふと思ったのです。例えば、航空機やロケットの部品を何年もかけて作るような仕事に、自分は熱意を持てるだろうか、と。また、自分の性格上、恐らく大企業に入ったら環境に流されてしまって、なんとなく適当に過ごしてしまうのではないかという気もして。それで、「せっかくなら、自分のやりたいことを仕事にしよう」と考えるようになりました。

- 佐々木
- やりたいこと、ですか。
- 伊原
- 当時の私は「地球環境を守りたい」という想いから、環境問題に関わる仕事がしたいと考えていました。新卒で選んだのは環境ベンチャーの「株式会社リサイクルワン(現:株式会社レノバ)」です。新エネルギー関連の事業に携わり、社会に役立つ仕事ができると、意気込んで入社しました。自分は少し怠けがちな人間だという自覚もあったので、ベンチャーなら裁量も大きいですし、自分を奮い立たせることができるだろうと考えていました。実際、リサイクルワンでは環境ビジネスの最前線で貴重な経験を積めました。また、優秀な同期や先輩が多い中で、私は自分がそれほど優秀ではないと感じていたため、人一倍努力することを決め、周囲に追いつけるよう必死に業務に取り組みました。
ただ、東京に住む中で、徐々に地域活性化に取り組みたい、という気持ちが沸き上がってきました。当時は、自身にとっての身近な地域といえば出身地の徳島でしたので、「将来徳島に戻って起業し、徳島の活性化に貢献する」といった漠然とした目標を立てました。また、地域活性化の勉強会や地域活性化の体験プログラムに参加していく中で、「ビジネススキルを身に着けないと地域活性化はできない」といった、自分なりの仮説が見えてきました。
そこで、経営コンサルティング会社への転職を模索していたところ、ちょうど幸運なことに、当時デロイトグループが手掛ける大規模プロジェクトで人員募集があり、未経験同然でしたが採用してもらえることになったのです。最初は右も左も分からない状態でしたが、様々なプロジェクトに携わる中で問題解決能力が身に付いていきました。クライアントの話を聞き、課題を整理して、即興的に解決策をいくつも出してみる。そうやって議論を深めながら最適解を導く、問題解決プロセスの基本を体得できました。資料作成などは決して得意なほうではなかったのですが、人とコミュニケーションを取り、行動しながら考える力が養われたのは大きかったです。 - 吉津
- その後、どのような経緯で地域に関わる仕事をされるようになったのですか。
- 伊原
- 先ほど申し上げました通り、デロイトに入社したのは「ビジネススキルを身に着けたい」と考えていたためで、入社時に「5年以内にマネージャーまで昇格し、その後は地域活性化関連のキャリアに進む」と考えていました。ほぼ計画通りのタイミングでマネージャーまで昇格できたこともあり、転職先を探していたところ、REVIC(地域経済活性化支援機構)で地域経済活性化のプロジェクト担当の募集があると知りまして。「これはまさに自分が目指していた仕事だ!」と飛びつき、転職することにしました。
- 佐々木
- REVICはファンドの運営などを通じて地域経済の活性化を担う国の機関ですね。そこでの仕事はいかがでしたか。
- 伊原
- 最初の赴任地は福井県小浜市で、3年半ほど地域活性化プロジェクトに取り組みました。例えば、道の駅の活性化や、古い町家を活用した古民家宿群の立ち上げ、大型観光施設の経営改善などです。REVICは「投資家の観点から事業計画を描け」「出資とともに役員として現地に赴き、自ら地域で活動してその計画を実現せよ」というスタイルで、大変ではありましたが、本当に楽しく、学びの多い経験となりました。
小浜市は本当に魅力的な場所です。新鮮な魚や独自の食文化、穏やかな海の景色、そして歴史の息づく街並みやお祭りなど、多彩な文化が息づいています。地元の人々と一緒に地域の資源を再発見し、一緒に知恵を絞って「どうやったら観光客が喜んでくれるか」を考え、実行する。観光を通じて地域に新たな価値を生み出し、経済が回り始めると、関与してくれた人々やその周囲も徐々に活気づき、仲間やアイデアも増えていく。こうした体験を経て、「地域活性化って本当に面白い!」と、心から実感しました。
徳島にUターンして出会った、歯科医療の画期的な技術
- 佐々木
- 福井で地域活性化の手応えを感じられたということですが、その間、念頭にあった徳島への想いはどうでしたか。

- 伊原
- 実は、福井での経験が楽しすぎて(笑)。ただ、もちろん故郷・徳島への恩返しは果たしたいと思っていましたので、「機会があれば戻ろう」と考えていました。
そうこうしているうちに、REVIC内で徳島大学が新たに立ち上げる産学連携ファンドの運営メンバーを募集していることを知りまして。これは大学発スタートアップを支援する仕事であり、これまでの観光とは全く異なる業務でしたが、「理系出身の自分なら研究者と会話ができるし、投資も経営支援もやってきた。自分にしかできない役割かもしれない。」と思い、部署異動という形で徳島に戻ることを決めました。そして、2020年の夏頃に家族とともに徳島へUターンしたのです。 - 佐々木
- 徳島大学発のスタートアップ支援というのは、具体的にどのような活動だったのでしょう。
- 伊原
- 主な活動内容は二つです。一つは既存のスタートアップを支援すること。資金調達が必要な企業にはファンドから出資し、私自身が社外取締役に就いて経営改善をお手伝いしました。実際に2社で社外取締役を務め、経営者と二人三脚で課題解決に取り組みましたが、非常に刺激的で面白かったですね。
もう一つは大学の研究者に起業を促すことです。私は徳島大学内の100名近い先生方と直接会って「この研究、会社にして事業化しませんか」と、働きかけて回りました。先生方はビジネスの発想をお持ちでないことも多いので、私の方で研究内容を理解し「その技術ならこういう事業の可能性があるのでは」と、逆提案するようなこともしました。
ただ、そう簡単にビジネスの芽は出ません。技術が市場ニーズに対して十分にインパクトがあるか、先生自身が起業にコミットする意思があるか、そういった条件が揃わないとスタートアップにはなりませんから。実際、私が関わった3年間で新規に会社設立まで至った案件は多くありませんでした。 - 佐々木
- そんな中で、amidexの技術との出会いがあったわけですね。
- 伊原
- はい。ある知人を通じてご紹介をいただいたのがきっかけです。徳島大学の保坂先生と渡邉先生が共同開発した「健康な歯を削らない治療」について、初めてそのお話を伺った時は衝撃を受けましたね。私は歯科の専門家ではないですが、歯をできるだけ削らない方が良いというのは、誰もが思うことです。そして、この技術によって「削り込むのが当たり前」といった歯科治療の常識が変わるかもしれないと直感しました。
- 吉津
- 具体的にはどのような技術なのでしょう。
- 伊原
- コンポジットレジンという、光で固まる液状のセラミックスを利用した治療を、短時間、そして高品質にする技術となります。対象となるのは一般的な虫歯というよりは、もっと大きく歯の形態を修復するような症例で、例えば、歯が一本抜けたり、折れたり、大きくすり減ったりといった場合、もしくは審美目的のために歯の形を整えたい場合などが対象となります。
先ほど申し上げた大きく歯の形態修復をする治療の場合、セラミックスを被せることが主流です。しかし、セラミックスは硬くて脆いという性質から、ある程度の厚みが必要で、その分健康な歯を削ってから被せる必要がありました。一方、amidexの技術では、修復した形を実現する型枠を3Dプリンタで作り、その型枠を歯にかぶせ、隙間にコンポジットレジンを注入して光硬化させるだけで、健康な歯を削らずに必要な部分だけを補うことができるのです。それも短時間で、術者の技量に依存せずに高品質な治療ができるようになります。要は歯を「削って被せる」のではなく、「削らずに補う」という、常識を変えることができる技術だと考えています。 - 吉津
- その技術をベースに、株式会社amidexが誕生したわけですね。
- 伊原
- そうですね。2023年の8月に先生方が会社を立ち上げられました。私はREVICを退職し、次のキャリアを考えていたタイミングで、先生方から「社長を伊原さんがやってくれませんか」とお声がけいただきました。私自身は歯科の専門家ではないため、私よりもふさわしい人材がいると思いましたが、「こんな面白い挑戦に、故郷の徳島で関われる機会は二度とない」とも思いました。
徳島でこの技術を事業化できれば、そして、上場できるほどの大きな会社へと成長させることができれば、地元への恩返しになります。また、決断にあたって妻も背中を押してくれましたし、私自身も全キャリアで培ったものを総動員して挑めるテーマだと感じました。ベンチャー、コンサル、地域活性化、経営支援、これまでの経験が全部ここに繋がっているような気がして。地方から、社会にインパクトを与える技術を事業化し、世界へ届ける。こんな取り組み、絶対に面白いですよね。それなら、「やるだけやってみよう」と腹を括ったのです。
こうして2024年、amidexの代表として新たな一歩を踏み出すことになりました。
徳島でイノベーションを起こし、地方スタートアップのモデルケースになる
- 吉津
- amidexが提供する「健康な歯を残す治療」の社会的意義については、どのようにお考えですか。

- 伊原
- 先ほどもお伝えした通り、従来のセラミック治療は、健康な歯を削らざるを得ないものでした。歯を削ることにより、歯や歯髄が弱くなってしまうリスクや、削った歯と被せ物の間に虫歯ができるリスクに加え、セラミックスが硬すぎることにより、被せた歯の根っこが傷んだり、向かい合う歯が傷んだりするリスクもあります。
そのため、国際歯科連盟は、20年以上前に歯の治療は最小限の侵襲、つまり「できる限り健康な歯質は残すべきだ」という大方針を打ち出しています。ただ、材料や治療法がなかったため、実現には至っていない状況でした。近年、メーカーや大学の技術開発により、コンポジットレジンの物理的な性質が大幅に向上し、様々なデジタル歯科の技術が進化したことで、この革新的な技術を提供できるようになりました。
当社の技術を用いれば、生まれ持った歯を極力残せるので、患者さんの歯の寿命を延ばし、将来的なトラブルを減らせる可能性もあります。近年の研究で、自身の歯が多く残っているほど、健康寿命が延びるといった報告もされています。人生100年時代を迎えつつある現代において、自身の歯を守ることはとても大切なことなのです。 - 吉津
- 患者さんにとって、自分の歯を守れるのは何より嬉しいことですよね。
- 伊原
- おっしゃる通りです。難しいことを抜きにして、単純に歯を削るのは、痛いし怖いものです。削られるのが嫌で、かなり悪化するまで歯医者に行かないなんて話もよく聞きます。既に当社は全国の歯科医院にこの治療支援サービスを展開し、200名以上の患者さんに提供しているのですが、健康な歯を削らずに複数の歯の形や噛み合わせを治すことができる、といった利点もあり、多くの方に喜んでいただいております。
印象的だったエピソードとして、前歯に大きな隙間があって思い切り笑えないと悩んでいた方が、この治療で綺麗な歯並びを手に入れたのです。その方は、治療後に自信満々に笑えるようになって、「憧れのテーマパークのスタッフ採用試験に合格したんです!」という報告もいただきました。その他にも、「久々にポテトチップスをサクサクと噛むことができて涙が出た。」「昔削ってしまったことを後悔していたので、本当に素晴らしい技術をありがとう。」といった声もいただくことができています。
思いっきり笑い、大好きなものをしっかりと噛んで食べられる。歯の形や嚙み合わせが悪くて諦めていたことが、この治療でできるようになる。それがどれだけ患者さんのQOL(生活の質)を高めるのか、現場の声が教えてくれています。 - 佐々木
- 患者さんだけでなく、提供する歯科医師側にもメリットは大きいのではないでしょうか。
- 伊原
- 歯科医師のほとんどが「なるべく歯は削りたくない」と考えておられます。もし同じ治療効果で歯を削らないで済むなら、その方がいいに決まっていますよね。また、歯科医院にとっては、患者本位な治療をしているというPRポイントにもなります。
ただ、新しい技術ですから、習得や導入にはハードルもあります。そこで我々amidexの役割は、先生方に正しく技術を理解してもらい、無理なく臨床で活用できるようフォローすることだと考えています。現在は一部の先行導入いただいた歯科医院で結果を出しながら、頂戴した声を元に、技術やサービス、研修内容の改善などに取り組んでいるところです。
私は「いずれ必ずこの治療法が世の中のスタンダードになる」と信じています。だって、誰もが本当は歯を削られたくないのですから。今は過渡期で一部の熱意ある先生方から徐々に広まり始めている段階ですが、患者さんのニーズが後押しして、いずれ大きな潮流になると考えています。 - 佐々木
- amidexとしては今後、この技術をどう展開していきたいと考えていますか。
- 伊原
- 日本全国はもちろん、将来的には海外展開も視野に入れています。例えば歯科先進国といわれるアメリカやヨーロッパにも、このコンセプトは絶対受け入れられるはずです。
それから、この技術を求めて海外から日本に治療を受けに来る動きも出てくるのではと期待しています。いわゆるデンタル・ツーリズムですね。徳島にいながらグローバルにビジネスを展開できるチャンスでもあります。もちろん、まずは足元の日本市場でしっかり実績を積むことが先決ですが、夢は大きく持っていたいですね。

- 吉津
- amidexは本社を徳島に置いていますが、地方発のスタートアップとして拠点を徳島に構えることにどんな意義を感じていますか。
- 伊原
- 意義は大いにあると感じています。まず純粋に、自分の生まれ故郷である徳島から世界に通用するイノベーションを起こしたいという想いがあります。徳島は経済規模が小さく上場企業も8社ほどしかありません。そんな中でamidexが「9社目」になるような存在になれたら面白いじゃないですか。地元の産業界にも刺激を与えられるでしょうし、地域の若い人たちに「徳島にもこんな会社があるんだ」と、希望を持ってもらえるかもしれない。
それから、地方大学発の技術を事業化し、地域活性化につなげるモデルをつくりたいと思っています。47都道府県すべてに国立大学があり、地方には優秀な研究者の先生方がいて、素晴らしい技術の種が眠っています。そうした技術を、ビジネス経験を積んだ経営人材と連携して事業化することで、地域活性化に繋げる。amidexはその一つのモデルケースになりたいと思っています。「地方だから無理」ではなく、地方からでも、地方だからこそ、世界に通じるスタートアップが出てくる。それを証明したいのです。
実際の業務においても、東京でないと最先端の仕事ができない時代ではないと考えています。当社は都市圏のプロフェッショナルな副業人材とリモートで連携しつつ、徳島在住の情熱あふれる仲間と一緒に仕事を進めています。自然豊かな環境や低い生活コスト、混雑のない通勤など、地方ならではの恵まれた条件のもとでクリエイティブな仕事に集中できる点も魅力です。当然、創業期のメンバーとして会社を育て上げれば、将来的に得られるリターンも大きい。もちろんリスクもありますが、それを補って余りある素晴らしい機会が地方スタートアップにはあると思っています。
当社が運営する転職支援サイト「リージョナルキャリア」にて、(株)amidex 代表取締役CEO 伊原晃氏の取材記事を掲載しております。併せてご覧ください。

伊原 晃
(株)amidex 代表取締役 CEO
名古屋大学 大学院 工学研究科 航空宇宙工学専攻修了後、2007年に環境系ベンチャー企業である株式会社リサイクルワン(現:株式会社レノバ)に新卒入社。その後、デロイトトーマツコンサルティング合同会社を経て、2017年に株式会社地域経済活性化支援機構に転職し、福井県小浜市において地域活性化プロジェクトに従事。2022年より、徳島大学の公認VCである産学連携キャピタルの運営メンバーとして、スタートアップへの投資・経営支援に携わる。その後、株式会社amidexの「歯を削らない治療で、世界に感動を!」というミッションに共感し、経営チームに参画。2024年7月、同社代表取締役 CEOに就任。

佐々木 一弥
(株)リージェント 代表取締役社長
香川県さぬき市出身。大学卒業後、2007年に株式会社リクルートに入社。求人広告の企画営業職として、香川・愛媛にて、四国に根差した企業の採用活動の支援を中心に、新拠点や新サービスの立ち上げも経験。2010年に販促リサーチを行うベンチャー企業の創業メンバーとして参画。創業の苦労と挫折を経験。2012年、株式会社リージェントの創業メンバーとして入社。2019年より代表取締役社長に就任。子どもと焚き火をするのが至福の時間とのこと。

吉津 雅之
(株)リージェント 執行役員
広島県福山市出身。大学卒業後、株式会社リクルートに入社。住宅領域の広告事業に従事し、2013 年より営業グループマネジャーを歴任。2018年に8年半の単身赴任生活に区切りを付け、家族が暮らす四国へIターン転職を決意。株式会社リージェントでは、四国地域の活性化に向けて、マネジメント経験を活かした候補者・企業へのコンサルティングを行っている。